「よっ名字。まさか見に来てくれるとは思ってなかったぜ」

「屋久島くん、優勝おめでとう!」

「ほんま話しには聞いとったがえらい速かったなあ。おめでとうさん」

「鍋島もありがとな。まあ俺としてはもうちょいタイムを縮められると思ってたんだが…柄にも無く緊張したのかもな」

そうやってなまえを見るが、なまえは嬉しそうに笑みを浮べているだけ。
まあいいかとまだ乾いていない髪に触れ、そういえばとズボンのポケットを漁る。

「これ、貰った金メダル」

「ほんまもんかいな!?」

「らしいな。名字。首からさげてみるか?」

「え?いいの?」

「ああ。鍋島はどうせ自分の金メダルがあるだろうからな」

「嫌味なやっちゃなあ」

ククク、と鍋島は喉の奥で笑うが、別に苛立ったわけではないらしい。
自分でかけようと伸ばした手を制され、屋久島がなまえの耳に紐が引っかからないように丁寧に金メダルをなまえの首へさげる。
ずっしりとした重みに、なまえは目を輝かせた。

「凄い……」

「そ、そうか?なんなら家にトロフィーやら盾やら大量にあるから遊びに来るか?」

「え!いいの?」

「どうせ夏休み暇だろ?」

「まあそうだけど」

「ちょい待ち!女の子が一人で遊びに行くんは危ないで十三組。しょうがないからウチもついてったる」

「鍋島は自分のトロフィーがあるだろ」

「それ眺めて夏休み過ごせっちゅーことかいな!!」

ぎゃあぎゃあと騒いでいる屋久島を先ほどなまえ達の斜め前で試合を見ていた男の子がじっと見つめていたが屋久島達は気付いていない様子。
加えて先ほどなまえとぶつかった少女もなまえにチラリと視線を向けていたが、なまえが気付く様子は無かった。

「先に名字なまえと仲良うなったんはウチのほうやで!抜け駆けは許さへんからな…!」

「いやいや別に。俺は純粋に名字に夏休みを楽しんでもらいたいだけだぜ?それに鍋島お前、柔道部は明日から大会に向けて強化練習だろ?十一組のお前がサボるのはマズイんじゃねーのか?」

「ぐ……お、覚えとき!この借りはいつか返したるからな…!」

「その発言、お前らしいな……」

そんな会話に、鍋島さんらしいやとなまえはクスクスと笑みを零す。
ふと何かを考え付いた屋久島がなにやら含みのある笑みを浮かべて鍋島へと口を開いた。

「そうだ。鍋島、受付に行って俺への差し入れを受け取ってきてくれよ」

「なんでウチなんや!!」

「俺は大会後で疲れてるし名字は迷子になるかもしれないだろ?それに卑怯なお前のことだ、混み合ってる受付付近でもスムーズに荷物を持ってきてくれるはずだ」

「あんたの中での卑怯の定義どないなっとんねんな」

はあ、と溜息をついた鍋島であったが、屋久島が考え無しにそんなことを言ったわけではないのだろうとチラリとなまえを見る。
その視線に気付いたなまえが鍋島を見て、何かを悟ったかのように勢いよく口を開く。

「私、迷子にならないから大丈夫」

「その自信はどこから沸いてくるんだよ」

「だってさっき迷子になったの私じゃなくて鍋島さんの方だし」

「誰がやねん!!」

鍋島はツッコミ疲れたのか、「もーええわ」と溜息まじりに二人に背中を向けて歩き出してしまった。
そんな背中を心配そうに見送っているなまえに屋久島は静かに視線をうつす。
鍋島が考えていた通り、屋久島は何も考えずに面倒だからといった理由で鍋島をこの場からいなくならせたわけではなかった。
……半分当たってるだろうといわれれば、反論出来ないかもしれないが。

「剣道部だけどさ」

「?」

突然の他の部活の話題に、なまえは首を傾げて屋久島を見上げる。
屋久島は少し気まずそうに「あー」と意味もなく声を伸ばした。

「その…、部員達と、うまくやってるのか?」

ふと真黒との会話を思い出す。
―――生憎俺はアイツがこうして無事でいる以上金が動かなきゃ何もしねえ。
そんなことを言ったような気もするが、気のせいだろうと過去の自分を否定した。
黒神真黒は何か引っかかっていたようだし、あれから進展はあったのだろうかと考えて。
発言した自分が一体何を考えているのかが屋久島にはわからなかった。

「やめたよ」

「そうか……って、は!?」

酷く簡潔に返事をしたので、うまくいっているという返事かと思ったが、違った。
やめた……?やめたって、何が。

「もう飲み物はくれないんだって」

「の、飲み………?」

意味がわからずその話を深く掘り下げようとして、やめる。
そうだこいつはそういう奴だったのだと、理解することを諦めた。受け入れることを断念した。自分を保つことを優先した。
そう。こうして時たま、コイツは自分とは異なる十三組だと認識させられる。

「そうか。まあお前が大変な目に合ってないなら黒神の奴も一安心だろうな」

「うん。そうだね」

「――――――?」

その返事に違和感を覚えて、思考が止まり、切り替わる。
まさかとは思うが、剣道部以外にも面倒事に巻き込まれているというのだろうか。
思い当たりそうなものを片っ端から考えてみる。
まず俺。とくに思い当たる節は無い。
黒神真黒。まあ色々と有るがそういうものではないだろうから除外。
そして、鍋島。
この三人しか思い浮かばなかった俺の交友関係に涙するシーンだったかもしれないが先程洗浄した目からは何も溢れてはこなかった。
まあ鍋島は初めの頃よりか十三組である名字への攻撃的な姿勢は無くなったとはいえ、それでもまだ"才能"を"努力"で踏み躙りたいというのは消えていないだろう―――というより、あいつの本心はそれしかない。それをする為に柔道をしているという天才スペシャル嫌いの鍋島猫美は、そうして特例組スペシャルに君臨する。
       ・・・・・
だけど――――だからこそ、名字なまえという人間が"天才スペシャル"などという特別なものではないということは理解しているはずだ。
つまり、鍋島猫美が名字なまえに『ちょっかい』を出すというのはそういった踏み躙りたいという気持ちではないのだろう。
ふと、鍋島と出会った時に聞かれた言葉を思い出す。
そしてその問いに、目の前にいる彼女はなんと答えるのだろうと、最初の疑問とは別の疑問が浮き出てきた。が、それは俺が口にする言葉ではないだろうと開きかけていた口を静かに閉ざす。

「十三組ってのは―――」

それから鍋島が戻ってくるまでの数十分間(予想以上に遅かったのは混雑していたからなのか気を遣ったのかはわかりかねる)、クラスのことや授業のことというただの世間話をして過ごした。
会話が途切れ気まずくなるかと思われたが、思いのほか弾み、それはまるで普通の友人と喋っているかのようではあった。
時たま意味のわからない発言が名字の口から零れることはあったが、それは彼女のキャラということで良しとしよう。
そして先程の礼だと言わんばかりに屋久島がその場から立ち去り、なまえと鍋島が二人きりになったところで。

「なあ名字なまえ。質問してもええか?」

「うん。いいよ」

ここに屋久島がいたら「フラグの回収が早すぎるな」などと笑ったかもしれないが、会話をしているのは鍋島となまえの二人だけである。
鍋島はいつも通り笑顔で、なまえも大事そうに屋久島のメダルを触っていた。
というよりまだ持ってたんかい、と突っ込みたかった鍋島であったが、ペースに流されてはいけないと首を振る。

「天才って、おると思うか?」

天才。
天性の才能。
生まれつきすぐれた才能が備わった人物。

「人の努力じゃ至らないレベルの才能を持った人物―――そんな人間が」

鍋島の言葉を、なまえはただ静かに聞いていた。
どんな解答が、はたまた意味のわからない発言が飛び出すかと鍋島は構えたが、しかし。

「え、いないの?」

なまえは驚いたように、逆に鍋島へと質問を投げかけたのである。

「いるよ、天才。いなかったら天才なんて言葉自体無いだろうし!」

「………………………」

なんというか、滅茶苦茶返事に困る解答だった。
だけれどなまえは止まらない。

「そりゃあ努力だけでのし上がってきた人が天才っていう言葉で一括りにされちゃうのはなんだかおかしなことだとは思うけどさ、それはまた別の話でしょ?天才がいるかいないか―――?そんなのはいるに決まってるよ。天才なんていないって言う人はその人自体が天才か、それかもっと天才な人じゃないかな。天才の天才…?天才中の天才……?うーん、天才上の天才、とか」

「んな架空上の天才みたいな風に言われても……」

「ていうか天才って言い過ぎてこれ文章におこしたらタルトが崩壊しそうだよ」

「ゲシュタルトをそない略し方する奴初めて会ったわ」

「でも私、天才じゃなくて良かった」

「え?」

突然の意味のわからない発言に、というよりその前の会話から多少なりとも困惑していた鍋島は気の抜けた声を出す。
しかしなまえは満面の笑みのまま、言葉の続きを待つ鍋島へと笑顔を向けた。

「だって、鍋島さんに嫌われたく無いから」

「―――!!―――――!!!」

鍋島の体中を、よくわからない、得体の知れない"何か"が駆け巡る。
決して気持ちの良いものではないそれに、鍋島は無意識のうちに自分を抱えるように両腕をクロスさせていた。
普段閉じられている瞳は思いっきり開かれていて、目の前のなまえの存在が信じられないとでもいうように見つめていて。
笑みを浮かべ続けているなまえがなのか、それとも違う何かなのか。わからないまま、鍋島はその恐怖のようなものに目の前が真っ暗になる。

「鍋島さん?」

声が聞こえても、頭は、思考は、回復してくれない。
これが――――これこそが。特待中の特待生。
普通でも特例でもない、天才などとは程遠い。
こんなものと同じにされては、天才が可哀想だと自分の考えがひっくり返る。ぐちゃぐちゃになる。それは最初から無かったかのように、跡形も無く一瞬で消え去る。
異様なまでに―――尋常じゃないくらいに異常。
唯一無二のアブノーマル。
これこそが、十三組。

「…………なまえ」

と、そこで初めて、鍋島猫美は名字なまえの名前だけを呼ばわった。
不意に自分の名前だけを呼ばれ、なまえは驚いたように鍋島を見つめる。
先程まで見開かれていた瞳は普段通りに閉じられ、その額に冷や汗は見えるものの、鍋島は不適に笑っていた。

「ウチのことは猫美でええ。これからも、仲良うしようななまえ」

もう一度なまえの名前を呼び、自分の身体を抱きかかえるようにしていた右手をゆっくりと差し出す。
なまえは不思議そうにその差し出されている右手を見つめていたが、すぐに笑顔になり優しく猫美の手を握った。

「うん。よろしくね、猫美ちゃん」


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