「暑い」
「さっきからそれしか言ってへんやんか」
「だって、いくらなんでも暑すぎるよ。大丈夫?私溶けてない?」
「十三組って暑いと溶けるもんなんやなあ」
「ボケにボケでかえされても…鍋島さん関西弁なのに」
「関西弁にどんな偏見もっとんねん」
なまえと鍋島は、この炎天下の中固く熱いアスファルトの上を歩いていた。
勿論サンダルはきちんと履いてはいたが、それでも上と下からの熱は運動部でない(というより帰宅部である)なまえの体力を奪うのには十分である。
一方鍋島は普段室内で活動している部活ではあるが、流石運動部とでもいうべきか(この場合は流石特例というべきなのだろうか)汗はかいていても疲れを一切見せていない。
「わー…すずしー」
「入り口で立ち止まらんと、はよ中入るで」
「はーい」
やっとの思いで到着した室内に入ると、クーラーが十分すぎるほど効いているのか二人の汗はすぐに収まる。
すれ違う人たちは全員同い年か少し年下に見えるくらいの子供達であったが、中には寒いのか長袖を着ている人もいるくらいだ。
そんな人たちをぼんやりと眺めながら鍋島の後ろを歩いていたら、どんっ、となまえの胸に誰かがぶつかってきた。
「あ、」
「……………」
「えっと、ごめんね。大丈夫?」
「…………別に」
「どうかしたんか?」
「あ、うん。ぶつかっちゃって……あ」
まだ幼い顔立ちの女の子とぶつかってしまったが、女の子はなまえの顔を見ようともせずに一言呟いて立ち去ってしまう。
鍋島となまえはそんな女の子の後姿を見つめていたが、ふとなまえは足元へ視線を落とした。
すると、女の子の物であろうタオルがくしゃくしゃになって地面に落ちている。
その場にしゃがんでそれを拾い、鍋島を振り返った。
「これ、渡してくるからちょっと待ってて」
「あ、ちょい待ち……行ってもうた」
あっという間に見えなくなってしまったなまえの姿に溜息をついて、どうしたものかと辺りをキョロキョロと見回す。
迷子センターがチラリと視界に入ったが、高校生にもなってそんな、と鍋島は一人苦笑いを浮かべた。
「ね、あの、ちょっと待って!」
「……………何か用ですか」
振り返ったその冷たい目をなんとも思わず、なまえは手にしていたタオルを差し出す。
ふとそこに少女の名前らしきものが書かれているのが視界に入ったが、すぐに奪い取られるようにタオルは視界から消えた。
「……………………」
手にしたタオルとなまえを見比べ、何か言おうと考えている様子の少女に「それじゃ!」と言ってなまえは来た道を引き返してしまう。
少女は声をかけようかと手を伸ばしたが、揺れるなまえの髪を見て唇をきつく結んだ。
「あれ……鍋島さん、どこ行っちゃったんだろう」
先程鍋島とわかれた場所へと戻ってきたなまえであったが、鍋島はどこにもいない。
辺りを見渡してみるものの見知らぬ人ばかりで、連絡先も交換していないなまえはどうしたものかと頭を抱えた。
ふと、視界に迷子センターの文字が入る。
「………これだ!」
「『………これだ!』じゃあらへんやろ!!」
「あ、鍋島さん」
「あんた今うちのこと迷子センターで放送してもらおうとしてたやろ!うちらもう高校生なんやんで!?恥ずかしくてしゃーないわ!絶対したらあかんからな!」
「で、でも、迷子を探すから迷子センターなんであって、」
「何でそないな所だけ世間のこと知ってんねん!せやけどな、ああいうのは大体小学生までなんや!あとは自力で合流せえっちゅう話や!」
「えええ…ケチ」
「あかん……ここに来るまでに歩いてた方がまだ疲れへんかったわ」
ええから行くで、と鍋島に手をひかれ、なまえは広く開けた場所へと到着する。
今まで表記していなかったが、場所は学園からあまり離れていない大きなプールであった。
手ぶらに近いなまえ達が泳ぐわけでもなく、ここでは今水泳大会が行われているのである。
その観戦が目的であり、そして水泳大会というのだから勿論。
「あ、屋久島くんだ」
なまえが人目も気にせず大きく手を振るその先に、水着姿の屋久島が一人ベンチに座ってタオルで身体を拭いていた。
ふとこちらに気付いた屋久島が立ち上がり手を振り替えしてくる。
鍋島も軽く手を振ると、未だに手を大きく振っているなまえの腕を掴んでそのまま観客席へと着席させた。
「でも、なんで私を誘ってくれたの?鍋島さん」
「んー?こういう大会で可愛い女の子が応援してくれとったら屋久島くんもやる気出るかなって思うてな」
「あはは。鍋島さんでも冗談って言うんだね」
「あんたの関西弁への偏見はどこいったんや」
まあええわ、と鍋島は視線を顔ごとプールへと戻す。
それにつられてなまえもそちらへ戻すと、ようやく大会が始まるところであった。
「あっぶね!ギリギリ間に合ったー」
そう言ってなまえの斜め前に座った男の子はシャワーでも浴びてきたのか、髪を濡らしたまま興奮気味にプールを見つめる。
そんな中学生くらいの少年を不思議そうに見ているなまえに気付いたのか、鍋島は「ああ」と声を漏らした。
「さっきまでは中学生の大会をやっとったんよ。多分その参加者やろうな」
「なるほど」
鍋島の小さい声での解説に頷き、楽しそうに笑う少年を見つめる。
少年はそんななまえの視線に気付かないくらいプールサイドを食い入るように見つめていた。
「そういやさっき別行動しとったときに中学生の大会結果見とったんやけど、女子の優勝者はえらい速かったで」
「そうなの?」
「ああ。大会新記録らしいし、その前の記録もその子の持ってた記録やったらしい。名前は、えーっと…なんてゆったかな。喜界島?」
「―――喜界島?」
「なんや。知っとんのかいな」
「ああほら、さっきぶつかった子。タオルに喜界島って書いてあったし、多分あの子だよ」
「ええ!もっと魚みたいな子想像しとったわ」
「あはは、鍋島さんも冗だ「あ、始まるで」
言葉を思いっきり遮られたなまえは少し不貞腐れ気味にプールサイドを見つめる。
泳げないなまえではあったが、この大会に興味が無いわけではない。
普段泳ぎを教えてくれている屋久島が泳ぎが上手いということはなんとなくわかってはいたのだが、本気で彼が泳いだところを見たことがないなまえは今回それが見れるということでかなりワクワクしているのだ。
その笑みは斜め前にいる少年と同じくらい楽しそうなもので。
「(ま、連れてきて正解やったっちゅーことやな)」
嬉しそうにこちらへと手を振った屋久島と隣で手を振り返すなまえを見て、鍋島も満足そうに一人笑った。