「王だかなんだか知らねーが、お前は俺に指一本触れることすら出来ない可哀想な奴だよ」
「お前達を倒すのに、触れる必要があると思うか?」
「残念だが俺は宗像と違って殺す人間じゃない。戦う人間だ」
こんな殺人者と一緒にするなとでも言うように、笑う都城へ近付こうと高千穂は一歩前へ歩み出る。
宗像は何も言わず、ただじっと都城の様子を伺うだけ。
なまえは高千穂の後ろで、そんな3人を見つめていた。
「どうもその"言葉"の通りになるっていうことらしいが…まさかそんな意味のわからない"異常"ってわけはないだろうぜ。何かその……"言葉"による暗示だとか催眠だとか、そういう類って可能性もあるな」
「ほう………お前、研究者か?」
「いいや。俺はただの最強だよ」
その言葉を置き去りにして、高千穂は床を蹴る。
宗像の髪を風が撫でたが、宗像の表情が変わることはない。
言葉よりも早く動いた高千穂。
その伸ばされた拳は王と名乗る都城に届くと思われたが―――しかし、王の守りは固かった。
「っ!?!?」
・・・・・
その光景には、先ほどそうなった宗像ですら驚きの表情を隠せずにいる。
言葉も無く、高千穂仕草は地面に跪いていた。
「残念ながら"言葉"は遊びでな、まだ王になるには早い偉大なる俺の王様ごっことでもいうものだ――――で。戦う人間とか言ったか、"棘毛布"」
"棘毛布" 、と都城は高千穂のフラスコ計画での献体名を口にする。
高千穂は何が起きたかわからないまま、都城を静かに見上げた。
「ならば偉大なる俺は『従わせる人間』だ。それが戦う者であれ―――殺す者であれ」
殺気を隠すこともせず堂々と放っている宗像を見るが、宗像は表情1つ変えることは無い。
そのまま都城は動けずにいる高千穂へ、勢いよく蹴りをくらわせた。
その速さを目視出来なかったなまえは驚いたように一歩前へ出そうになるが、宗像が静かに手で制したので不思議そうに宗像を見上げる。
しかし宗像は都城から視線を逸らさない。
「残念だが俺は『最強』だ。お前が殺す人間だろうが従わせる人間だろうが、俺に触れることは叶わない。宗像にだって、俺は殺せない」
「…………………」
平然と都城の後ろを取った高千穂に、初めて都城は怪訝な表情を浮べた。
しかし振り返ることもせず、蹴りを避けた高千穂の言葉を待つ。
それは余裕からか、それとも背後に殺人者を置きたくないという焦りからか。
「『最強』だなんてよく大口を叩けるもんだ。実際、この子には触れられてたじゃないか」
「っじゃ、じゃあ"俺達"の中で『最強』だ!っつーか宗像!一緒に戦えよ今は味方同士だろ!!」
「…仕方ない。殺すとしよう」
「まさかとは思うがその中に俺入ってないよな?」
「……………………」
「黙殺してんじゃねえ!」
緊張感の無い会話を聞いて、都城はフッと笑みを零した。
そんな反応に、宗像も高千穂も眉間に皺を寄せて余裕な表情の都城を見つめる。
「ボディーガードかと訊くが、お前達の方がよっぽどそう見えるぞ」
「……何?」
都城の言葉に、宗像は声を低くする。
「そいつとお前達の間に、どんなものがある。そいつの過去とお前達の間に、一体何があった。何も無いだろう。それなのに"そう"している。それが答えだ」
「それは―――どういう意味だ?」
宗像には、都城の言っている意味がわからなかった。
高千穂も、王土が何を言いたいのかが理解出来ない。
だって、それは。それはまるで――――
「【平伏せ】」
言葉は意図も簡単に、高千穂と宗像へと届く。
しかしなまえには届かない。
「もし俺が貴様に触れられなかったとして――というより先程の感じからして確かに触れられないようではあったが――だからといって、俺の"命令"に逆らえるわけでもあるまい」
「…まあ、そうみてぇだな…創帝っつー名前も、あながちふざけた名前ってわけでもないらしい」
宗像が地面に伏せた瞬間撃ったであろう拳銃の弾が都城の後ろの壁へと埋まっているのを、都城はチラリと目線だけで振り返った。
頬に掠り傷でも出来ていないかと目をこらしたが、都城の頬は綺麗なままである。
「あー、くそ。名字。助けに来たのに悪いんだが加勢してくれねぇか?」
「加勢?」
突然名前を呼ばれたなまえは驚いたように口を開く。
そしてその提案に、都城は少しだけ眉を動かした。
「俺に触れることが出来たお前なら都城の"命令"にも逆らえるかと思ってよ」
「えーっと……高千穂くんは今、私の味方ってこと?」
「は?」
どうしたらこの状況でそんな言葉が出てくるのだと、高千穂は自身の身体に蓄積されているダメージも忘れて脱力する。
意味がわからないと言ったようになまえを見るが、宗像も都城も何事もなかったかのように平然としていた。
「あー、その、お前、コイツに何かされそうだったんじゃねぇの?」
コイツ、と指差された都城はただ口を閉ざしたまま笑みを浮かべる。
なまえもその指の先にいる都城を一度見て、再び高千穂へ視線を戻した。
「いや、どっちかって言うと宗像君に殺されそうだったときにタイミング良く割って入ってくれたというか…」
「………………………」
「………………………」
「宗像テメェ、目ェ逸らしてんじゃねぇよ!!!」
気まずそうに真実を告げたなまえの言葉を聞いて、高千穂はゆっくりと宗像を見たが、それに対応するかの如く宗像はゆっくりと高千穂から顔ごと目を逸らす。
怒鳴った後、高千穂は呆れたとでもいうように壁に背をついてそのまま地べたへと座り込んだ。
「名字も名字だ。そういうのはさっさと言えよな」
「え、だって友達同士の会話を邪魔しちゃ悪いかなって思って」
「どこをどう見たらそう見えんだよ!もしそうだとしたらコイツ友達に向かって【平伏せ】とか言ってることになんだぞそんな友達いねぇよ!!」
なまえのペースについていくことに疲れたのか、高千穂はそこまで言って盛大にため息をつく。
チラリと宗像を見てみれば手にした刀を手入れしていて、もう都城やなまえを殺そうとはしていないらしい。
都城は都城で自身の立ち方をコロコロと変えていて、そんなマイペースな2人にはもうため息すら出なかった。
「はー、これが"十三組"ってわけかよ。お前ら、よく名字と会話が成り立つよな」
「彼女がこういう人間だとわかっていれば問題無い」
「その通りだ。殺人鬼にしては正論を言うではないか」
「そっちこそ王にしては物分りがいいんだな」
「お前ら本当は仲良いだろ………って、ん?宗像はわかるが、都城、お前って名字と今日が初対面じゃねぇのか?」
二人の会話を聞いていた高千穂が、ふと今気付いたかのように疑問を口にする。
まさかこの短時間でなまえのことがわかったわけでもあるまいし、その知ったような口ぶりと、先程の違和感。
研究者としてもフラスコ計画で活躍している高千穂が疑問を感じるのにはそれだけで十分すぎるほどであった。
しかし。
「………………さあな」
都城はそれだけ言って、一瞬なまえへ視線を動かしたかと思うとそのまま二人へ背を向けて歩き出してしまった。
それを追いかけるわけでもなく、三人はボロボロになった廊下に取り残される。
そして都城の姿が完全に見えなくなってから、そこに無意識に存在していた威圧感は静かに消失した。