【俺】





なまえと宗像が感じ取った気配は、その一文字であった。
偉大だとか大物だとかそんな言葉がちっぽけに思えるほど、男は自分を主張していた。
しかしそんな都城に対し、宗像はすぐに平静を取り戻したのか普段どおりの冷たい視線で口を開く。

「お前はこの子のボディーガードか何かなのか?二度も僕の邪魔をして」

「二度………?」

「今は別に回数は問題じゃない。何の用だ、都城王土」

「…………………」

名前を呼ばれた都城だったが、ただ不敵に笑い、そこに存在するだけ。
それだけで二人を威圧したのだ。
いくらなまえでも、彼が只者では無いくらいは理解していた。
否。理解させられたというべきか。

「言っただろう。王は気まぐれで、王の気まぐれは許されるものだと」

口を開いた都城に、今度は宗像が口を閉ざす番であった。
宗像の位置からなまえの表情は見えないが、もし見える位置に居たとしても彼女がどんな心境にあるかなど理解出来ないだろう。
それくらいに、都城の存在は周りを影響下に引きずり込む。

「それともお前はこの偉大なる俺を許せないとでも言うつもりか?」

「いや。そんなものには興味が無いよ」

宗像は盛大に溜息をついて、興が冷めたとでもいうように銃をしまい、都城となまえに背中を向けて歩き出す。
なまえは後ろで聞えた足音に振り返るが、宗像はこちらを見ようともしない。

「だから殺す」

その不意打ちの声に、なまえは少しの反応も示すことが出来なかった。
音も無く、宗像が消えたことにも気付かず、なまえはただ唖然と誰も居ない廊下を見つめるだけ。
しかし。

「【跪け】」

その瞬間、宗像は見えない何かに押さえつけられたかのように、地面に這い蹲っていた。
なまえにも、そして宗像自身にも―――何が起きたか、全く理解出来なかった。

「―――――――え」、?

嫌な重圧に、なまえは急いで振り返る。
地面に這い蹲る宗像と、ただそこに君臨するだけの都城。
一体、今、何が。

「………………す、」

膨れ上がり溢れ出る殺意に、なまえは背筋を凍らせた。
先ほどまで自分に向けられていた殺意が可愛く思える程に、その殺意は殺す気で。
しかしそれでも尚笑みを浮かべる都城になまえは目を奪われた。

「首を刎ねて殺す!!」

「―――【平伏せ】」

「っ!?!?」

立ち上がってから宗像が刀を握るまでの行為はなまえには見えなかったというのに、都城の"言葉"はそれよりも遥かに早い。
先程よりも勢い良く地面に叩き付けられた宗像は衝撃を和らげることなく廊下に思いっきりヒビを入れた。
じわりと広がる赤い液体。宗像形は、動かない。

「宗像く、」

驚き、宗像に近寄ろうとするなまえの手を、都城は"後ろから"握った。
いつの間に、と驚く間もなく力任せに引き寄せられる。

「………え、えーっと…」

「…………………」

ほぼ抱きしめられるような形でなまえは都城を見上げた。
その顔に怒りも焦りも笑みもなく、ただただ驚きの表情で都城の言葉を待つ。
しかし一向に開こうとしない弧を描いたままの都城の口に、なまえの表情は驚愕から怪訝なものへと変化していった。

「俺が見たいのはそれじゃない」

「え?」

「【笑え】」

なまえは笑わない。

「……………………」

都城の顔から笑みが消え、同時に眉間に皺が寄る。
なまえの腕を握っていた手を離し、都城の両手はなまえの頬に触れた。
その温かさを不思議に思うものの、なまえは特に逃げようとはしないで都城を見上げている。

「…………………」

「…………………」

「………い、いひゃい!いひゃい!!」

「…………………」

びょーん、と面白いほどに伸びたなまえの頬。
突然のことに叫び声をあげるが、そんななまえの表情を見て都城の口端が微かに上がったことになまえは気付いていない。
頬を離された瞬間なまえは都城に背中を向け、引っ張られた両頬を大事そうにさすった。
そんな無防備な背中に、都城はゆっくりと手を伸ばす。

「っと危ない」

瞬間、都城の前からなまえの姿が消える。
何事かと驚くかと思ったが、しかし、都城は睨むように前方へ視線を送った。

「大丈夫か?名字」

「高千穂くん。私は大丈夫だけど…」

「ああ。そういややられてたんだっけかコイツ」

ゆっくりと足に地面を下ろしたなまえを都城の前から攫ったのは、異常なまでの反射神経を持つクラスメイトの高千穂。
地面に伏せる宗像の横に立ち、ちっとも心配でないとでもいうように宗像を見下ろすだけ。

「おい、いつまで寝てんだ殺人鬼。目覚まし時計が必要か?」

「……………必要、ない」

すんなりと立ち上がった宗像の顔は血で汚れていたが、本人も高千穂もそれを気にしているわけではないらしい。
ヒビ割れた地面が嘘のように、宗像は平然と都城を睨み付けた。

「今度こそ殺す」

その全力の殺意に高千穂は「なんで俺にも殺意向けてんだ」と呆れたような笑みを浮べていたが、宗像が気にしている様子は無い。
それは勿論、目の前にいる都城も。
そしてゆっくりと開かれる都城の口に、二人は警戒を強くする。

「―――不可能」

その殺意に、王は笑みで応えた。

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