静かな空間。重たい沈黙。
誰も喋らない。しかし刹那、小さく笑い声が零れる。

「っ、はは……なんだよ………なんなんだよ!!」

門司は怒鳴り、右足を上げて思いっきり床を踏み鳴らした。
それは誰への怒りか。

「なんでテメェはそんな表情を浮かべてんだよ―――名字!!」

泣きそうな声で怒鳴りつけた門司は、真っ直ぐになまえを睨みつけていた。
しかしなまえはその表情を変えない。
真黒に散々言葉を紡がれた門司を心配するようなその表情に、門司は苛立ったように口を開く。
否、それは自分への苛立ちか。

「ああそうだよ!高校生になって不良になって暴れまくりたいとか思ってたのにあの二年と三年がすっげえ邪魔でさあ!!でもどうやったってこの前まで中学生だったような俺たちに勝ち目なんてねぇじゃんか!だからって言いなりになってパシリになんのもムカつくしさ!そこで登校義務がないはずの十三組が毎日登校してきてるって噂を耳にして、しかもその次の日に購買でまた出会っちゃうとか運命じゃねえか!神様が言ってると思ったね!コイツを利用してどうぞって!十三組の奴なんて普通組の俺たちのことなんて人間となんて思ってねえエリート野郎達ばっかだって聞いてたしな!そんな奴を利用したら俺たちも良いことばっかで十三組のプライドも壊せて一石二鳥じゃねえか!あ?誰が悪いんだよああそうだよ俺が悪いんだよ!!」

そこまで叫んで、門司は力尽きたように床を見つめる。
綺麗に磨かれた床は、先日なまえと一緒に掃除した床で。
怒りは一転、門司は自分が泣きそうになっているのがわかった。
みっともないなと嫌悪するが、どうにもならない。
宇佐たちもなまえから目を逸らしていて、門司の言うとおりなのだと思った。

「……でも、俺は謝らねぇぜ名字。だってよ、第三者どころか俺たちと関わったことすらないお前のクラスメイトがここまで知ってるんだ。お前だって、気付かなかったわけじゃねぇだろ」

「うん。知ってたよ」

即答だった。
その回答に床を見つめたまま門司は驚いたように目を見開くが、すぐに力なく笑う。
真黒はもう何も言わず、この展開をじっと見つめているだけ。
その表情は不機嫌そうなものではあったが、別にこの展開に不満を持っているわけではない。

「はは……じゃあなんだ、あれか。こっちが利用してると思ってたら、利用されてたわけだ………ジュウサンの恐ろしさを広めるために」

くそ、と呟く門司の言葉は自分でも驚くほど小さな声で、思った以上にこの展開にダメージを受けているのだと理解した。
そして、理解したところでどうにかなるものではないことも受け入れる。

「なんで?私は門司たちのことを利用してなんてないよ」

「え?」

そう、声を零したのは門司達ではなく真黒であった。
なまえの反応が信じられなかったのか、驚いたようになまえの顔を凝視している。
そのあとすぐ言葉が聞こえてこなかったので不思議に思い、門司は顔を上げた。

「じゃあ、どうして……」

門司は、震える唇で必死に言葉を紡ぐ。

「お、俺はお前を騙してたんだぞ…?友達だとか部活仲間だとか言ってお前を―――"十三組"という飾りを利用して、自分達だけおいしい思いをして……先輩達だってそれで追い出したし、学食の場所だってそれで取ったし、不良の溜り場だってそれで奪い取った………俺たちは何もしてない。全部、お前を利用した結果ばっかりなんだぞ」

自分で言ってて、なんて情けないのだろうと思い返して。
宇佐達もそんな自分達を思い出しているのか、眉を顰めて立ち尽くしている。
対し、なまえは笑っていた。
綺麗に、笑みを浮かべて門司を見ていた。

「だから、それも全部わかってるってば」

「え………」

「うーん、っていうかもっと『金出せや!』とか『その靴いいな、くれよ』とかやってるのかと思ってたんだけど…した?」

「い、いや…それはしてねぇけど……」

「そうなんだ?私の不良の想像図ってちょっと古いのかな?」

まるで彼女だけが違う空間にいるように、違う話をしているかのように。
今まで自分が何を喋っていたのかを疑問に思うほどに、なまえの反応は場違いであった。

「………なまえちゃん。なら、君はどうしてそんな彼らと一緒に居たんだ?」

「え?なんでって…知らないの?黒神くん」

驚いたように聞き返すなまえに、黒神はその表情を浮かべたいのはこちらだと権利の主張をしたくなった。
しかしそんなことをする暇もなく、何を言っているんだと言った表情でなまえは口を開く。




「困ったときはお互い様なんだよ?」



「っ―――――!!」

戦慄、した。
今、彼女が何を言ったのかがわからなかった。
門司は、その場に膝から崩れ落ちる。
彼女は―――そんな言葉で。
あの食堂で自分が言った適当な言葉で――――これほどまでに。


「やるよ。あ、あと飲み物――お茶でいいか?」

「いいの?」

「ああ!困ったときはお互い様だからな」



もう、笑いしかこみ上げてこなかった。
なんて馬鹿なのだろうと―――門司は、自分を笑った。

「お前、その言葉だけで……俺たちに、利用されてたっつうのかよ………?そんな、口から適当に出てきた言葉で…自分を危険に晒してまで…………!!」

ドンッ、と今度は片手で床を殴る。
しかしなまえの表情は変わらない。

「だって、門司が私を剣道場に最初に誘ってくれたとき、困った顔してたから」

「………はは、……そういうのを世間じゃ馬鹿っていうんだよ、名字…」

「え?何か言った?」

「別に。なんでもねえよ」

何もかもが吹っ切れたように笑いながら、門司はゆっくりと立ち上がった。
相変わらずなまえは笑みを浮かべていて、門司は諦めたように口を開く。

「ほんと、気持ち悪いよお前」

「おい…」

「ちょっと黙ってろよ部外者。これは俺たちと名字の問題だ」

そう言われ、口を挟もうとした真黒は門司を睨みつけながらも口を閉ざした。
何か言おうとも思ったが、門司の出方を伺うことにしたのだろう。
門司は目を瞑り、今までのなまえとの思い出を振り返り、そして静かに目を開ける。

「友達ごっこはやめだ、名字」

「え?」

「つうか何が"異常アブノーマル"だよ。俺は別にお前の力なんて借りなくたってやっていけんだよ」

真黒には理解が出来なかった。
なまえの行動もだったが、門司のことについても。
真黒の見解では、彼はとっくに心が折れていておかしくないのだ。
別にそれで構わなかったし、どちらにしろ折るつもりで彼らの前に姿を現した真黒がそれを止めるわけでもない。
しかし、これは違った。
自暴自棄になってるわけでも彼女を放棄したわけでもない。

「(え…………?)」

  ・・・・・・
今、理解できないと思ったか―――?
自分が。この、黒神真黒が。

「え、じゃあさ」

「なんだよ」

「私がもし困ってても、もうお茶くれないの?」

「はあ?」

既になまえのペースについていけないのか、諦めたような表情でなまえを見つめていた。
門司はなまえの言葉に盛大にため息をはき、「なんなんだこいつは」と考えることを放棄する。
疑問はそこかよとか、友達ごっこは御終いとか言ってる俺に非難の言葉はなしかよとか、色々言いたいことがあったけれど。
門司は盛大にため息をつく。
恐らく十三組というものはこういうものなのだろう――――理解しようとすれば、どんどん自ら沈んでいく。
関わるのなら諦めるべきだ。受け入れないことだ。拒絶し、拒否すれば、それで自分は保てるであろう。
門司は殴った床を見下ろし、次いで笑みを浮かべてこちらを見るなまえを見て、嬉しそうに笑った。

「誰がやるかよ。ばーか」


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