目の前で揺れるリーゼントをじっと見つめながら、なまえは床の上に座っている。
そんななまえにじっと見られ、リーゼントは困惑したように目をそらしていた。

「よー名字。と、伊万里」

「おせえよ門司」

「おはよー門司」

「もう放課後だぜ名字」

そう言って、門司は伊万里と呼ばれたリーゼントの男の横に持っていた鞄を放り投げる。
いつものメンバーはもうとくに集まっていたらしく、各自自分のスペースでゲームをしたり漫画を読んだりしていた。
なまえは一時的にそのリーゼントから目を逸らして門司を見ていたものの、再び伊万里のリーゼントを見つめ始めた。

「……どうしたよ名字。そんなに伊万里のリーゼントが気になるのか?」

「…うん。だって、どうやったらそんな髪型になるのかと思って……」

「それなら俺より門司の髪型の方が意味不明だろ…」

呆然と見つめるなまえの視線に、困惑したように伊万里は矛先を門司へと変える。
実際、その重力を無視して横にはじけている髪型を構造を理解するのは難しいであろう。
しかし門司は伊万里の言葉に怒ったように反論した。

「なんでだよ!?かっこいいじゃねぇか!!」

「リーゼントの方がかっこいいに決まってる!」

「僕としてはもうすぐ長髪ブームが来ると思っているんだけど」

「「っ!?」」

隣通しで言い合っていた門司と伊万里が、驚いたように勢い良く前を向く。
そこには緑茶が入った缶を手にした長髪の見知らぬ男が扉を背にして立っていた。
二人に続き、その場にいたなまえを除く全員が慌てたようにそれぞれの木刀を手にして立ち上がる。
しかしそんな状況にも関わらず、長髪の少年は笑みを浮かべたまま彼らを観察するように見つめていた。
そんな不穏な空気の中、ゆっくりと振り返ったなまえは暢気に口を開く。

「あれ?黒神くん、今日は休みじゃなかったの?」

対し、黒神と呼ばれた少年はなまえ以外の人間など道ですれ違った蟻よりも気にしていないといった風になまえを見た。
その表情は笑顔のままであるが、門司たちに向けられていたのとは少し違う。

「ああ。授業には出てなかったけど学校には来ていたんだよ」

「ふぅん。暇人なんだね」

「あれれ。僕としては『なんで?』って訊かれて『なまえちゃんに会いにきたんだよ』って答えたかったわけなんだけど」

「うーん……なんで?」

「なまえちゃんって段々僕の扱いが雑になってきてるよね」

「ってなああああんで普通に馴染んでんだよ!!つうか誰だテメェ!!!」

門司が怒り半分驚き半分に立ち上がって真黒へと怒鳴るが、真黒は自分のことでないように落ち着いた様子で自分を指差す門司へ視線を送っていた。
他のメンバーは警戒したように真黒を見つめるだけである。

「うんまあ名乗るような関係になるつもりはないんだけど、呼び方に困るなら黒神と呼んでくれれば良いよ。一年二組の門司くん」

「っ!?」

「ああ。安心してよ。別に君だけじゃなくて此処にいる全員のクラスと名前くらいは知ってるんだ。それ以上は興味が無かったから知らないけど、それでも知らなきゃいけないことくらいは知ってる」

「お、俺たちはあの剣道部だぜ?あんまり調子乗ってると――」

「やめとけ宇佐。コイツが名字の知り合いってんなら、おそらくコイツはジュウサンだ」

宇佐が前に出ようとするのを片手で制す門司に何か言おうとしたが、その真剣な表情に黙って数歩下がった。
真黒は今にも折れそうなほどの華奢な身体で、こちらが本気で叩きにいけば一分もかからずに倒せるだろうと門司も頭の中では思っていたが、身体がそれを許さない。
頭で考える前に、身体が序列を悟ってしまう。

「そうだよ。僕はなまえちゃんのクラスメイトだ」

「……っは、十三組っつーのはチームワークの欠片もない自己中心的な化物の集まりだってきいてんだけど」

「ということは、なまえちゃんのこともそう思ってるわけだね?」

「んなわけねえだろ?名字は大事な部活仲間だよ」

「生憎僕は魔法使いとまで呼ばれた分析家でね。人を解析することに長けてるんだ―――まあそうでなくとも、君の嘘はわかりやすい」

真黒が手にしている缶が、グシャッという音を鳴らして潰れる。
中に入っていた緑茶がその手にかかり、滴り落ちるが、真黒はそんなことを気にしている様子はなかった。
驚きと共に視線がその缶にむかい、「(アルミ缶かよ…)」だなどと門司が呆れて真黒の顔へと視線を戻した瞬間。
その見開かれた目に、ゾッとした。

「僕は何よりも妹が大事でそれ以上にレベルをMAXにすることに興味があってそして自分でもわからないがなまえちゃんのことは大事にしたいんだ君みたいな普通の人間に彼女を壊されたくない」

「っ、な、あ、」

「他人に期待するなと注意しても彼女はきかないし僕がずっと一緒に居るわけにもいかないしだからといって他人に任せてはおけない。だから門司一年生。君にはここで壊れてもら「黒神くん」

鈴の音のような声音に、驚いて真黒はなまえを見、門司も慌てたように顔を上げる。
なまえの表情はいつもと同じであったが、真黒は何やら悪いことをしてしまった子供のような気分になった。
何かを言おうとするが、言葉が出てこない。
こちらのペースにしたはずが、一気に崩された。
今まで真黒が呼び止めたことはあれど、なまえが真黒を呼び止めたことなど一度も無い。
思い出せば彼女はいつも受身で、あまり自分から何かを話すことはなかったのだ。
しかし、彼女は普通に真黒を呼び止める。
その行為が自分に出来ないものだと悟り、門司は戦慄した。

「あんまり、門司たちを苛めないでね」

その言葉に真黒は一瞬目を見開くが、すぐに笑みをこぼしてなまえを見る。

「っ、はは、なまえちゃんは君が彼らにどう思われてるか知らないわけじゃないだろう?」

「……………………」

「えいっ」

「え、わっ!?」

「っ!?」

真黒が突然なまえの腕を引っ張り、そのままバランスを崩したなまえの肩を軽い力で自分とは逆方向に押した。
つまりは、門司が立ち尽くす位置。
門司はなまえを受け止めると思われたが―――しかし、その両手は伸びることなく、その両足は後退した。
自然、なまえは床へと尻餅をついてしまう。

「っ、ぁ…………」

「ごめんねなまえちゃん。明日お昼ご飯でも奢ってあげるから許してくれ」

「う、うん。別に大丈夫だよ?」

「別になまえちゃんの今日のパンツは何色かなだなんて思って起こした行動じゃないからね。許してくれてありがとう」

「やっぱり許すのやめようかな……」

そうため息を吐きながら立ち上がったなまえへと笑顔を浮かべていたが、真黒はすぐに鋭い目つきで門司を見た。
門司は小さい声を零したかと思うと、自身の両手を見下ろして唖然としている。

「避けなければ普通に彼女を支えられる場所にいたと思うんだけどな」

「こ、これは…その、ち、ちが……」

「何が違う?君はなまえちゃんを受け止めなかった。受け止めようとしなかった。彼女から逃げ、彼女に触れるのを避けた。君が彼女をどう思ってるかわからないなら、僕が教えてあげようか?」

「な、なにを……」

「黒神くん。門司を苛めるのは」

「苛めてなんかいないさ。思い知らせてやってるんだ。僕がやらなかったら他の誰かがやる。人によっては彼らは無傷ではいられないだろうしこれでも僕は優しい方なんだよ。だから彼みたいに手加減などしてやるものか」

そうは言うが、真黒自身も"彼"というのが誰なのかがわからなかった。
正確にいえば"思い出せなかった"だけれどもそんなことはこの場合関係がない。

「もう彼女を傷付けるようなことはしたくないけど、もう一回、いや、あと何回同じことをしたって君は彼女を受け止めようとはしない」

「そんな、こと……」

真黒の言葉に反論しようとするものの、下がった両足を見て、門司は言葉が出てこない。
周りで見ていた伊万里達も木刀を持ってはいるものの、それを振り回そうという気分ではないらしく、真黒の言葉に聞き入ってしまっていた。
崩されたペースは一転、再び真黒のペースへと変わり。
何か言おうと口を開きかけたなまえを、真黒は手だけで制する。

「君達は十三組かのじょという肩書きを利用して剣道部の先輩達を追い出し、友人に十三組がいるからと他の不良たちを黙らせ、この学園を牛耳っているつもりなんだろう?確かにこの学園は生徒主体であって風紀委員みたいなものは存在してないようなものだし、異常な十三組という存在を詳しく知らない一年生や恐怖を知った先輩達を黙らせるのはさぞ簡単だっただろうね。でも、その行為がなまえちゃんを危険に晒してるとは考えなかったのか?」

「………え……………?」

「それとも"そうなってもどうでも良かった"のかな?十三組ならなんとかなるだろうと高を括っていたのかい?結果的に彼女は無事なわけだが、それでも人の好意を踏み躙るのは頂けないね。勿論僕自身、好意を踏み躙るだなんてことは数え切れないほどしてきたから人のことなんて言えないけど」

だけど、と真黒は口を挟む隙を与えず言葉を続けた。

「なまえちゃんを―――十三組を"気持ち悪い"と思い、倒れる彼女にすら手を差し伸べない君達に彼女を近づけたままでなんていられない」

「っ!!」

その言葉に、はっとして門司は勢いよく顔をあげる。
視線の先には、眉を八の字にしてこちらを見ているなまえの顔。
そんな言葉を受けて、そんな表情を見て、門司は。


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