足元に小石が転がってきた。
何かと思って振り返ったが、誰もいないし何も無い。
風すらもないこの裏庭を見渡したが、これ以外の小石が落ちている気配もない。
首を傾げて前を向く。
小石が顔の横を通り過ぎて行った。

「……………………」

幸い髪に少し触れた程度だったものの、もし当たっていたらかなりの怪我を負っていたような速さに顔をしかめる。
周りを目だけ動かして見てみるものの、やはり誰もいない。
先ほど足元に転がってきた小石を拾って、大きく振りかぶってそこら辺に適当に投げた。
小石が空しくも土の上に落ちたと同時。

「おいおいそっちには誰もいねーぞ」

背後から聞き覚えの無い声が聞こえた。

「えーい」

ので振り返って小石を投げてみた。

「…………………」

「…………………」

届かなかった。

「……い、いや、小石を一個だけしか持ってないと見せかけて二個持ってたっつーのは不意を突くのには最適だったぜ、ああ」

しかもフォローされた。

「………日之影くんに言いつけてやる」

「いや誰だよ」

そう的確な突っ込みをした男は呆れたような顔をしたあと、すぐに登場したときと同じような笑みを浮かべてこちらを見てくる。
きっと小石を投げたのも彼だろうと考え、先ほど投げて地面に落ちた3つ目の小石をちらりと盗み見た。

「まあそう睨むな。クラスメイトなんだし仲良くしようぜなまえちゃん」

「クラスメイト………?」

何故かなまえの名前を知っていた男になまえは疑問の声を漏らす。
もう先ほどのことは気にしていないのか、睨むことはやめていた。
その無防備な表情に男は笑いながらため息を零し、言葉を続ける。

「俺、一年十三組の高千穂ってんだけど、そーゆうお前はなんていうんだ?」

「私の名前知ってるんじゃないの?」

「一応こういうときは自己紹介するもんだぜ?」

「…………一年十三組名字なまえ」

「よろしくな名字」

「…よろしく、高千穂くん」

高千穂と名乗った男を警戒しながらなまえは自己紹介をする。
コーンロウのヘアスタイルに筋肉質で長身、色黒。
どこかで見たことあるそれに少しだけ目を逸らすが、そんななまえを見ても男は何も言わない。
そういえば昔一度だけやった格闘ゲームで選んだキャラクターに似てるな、と再び男に視線を戻した。

「で?まさかまだ小石を持ってるとかじゃねえよな?」

その思い出すまでの動作が何か策を練っているのだと思われたらしく、高千穂がこちらを観察してくる。
しかしなまえは両手を広げて肩を竦めた。

「高千穂くんが投げたのが3個だけだからもう無いよ」

「3個目に気付いてしかもそれも手にしてるとはな。流石クラスメイト」

高千穂はなまえへと声をかけたと同時に3つ目の小石を投げていたが、なまえが振り返ることがわかっていたため思いっきり投げたわけでなくただ放り投げるという形になる。
故に、なまえでも容易にキャッチすることが出来た。

「私に何か用?」

「用が無かったら会いにきちゃいけないのか?」

「用が無いのに会いに来ることなんてあるの?」

「ねぇな」

その瞬間なまえの横を風が吹きぬけ、気付いたときには目の前に高千穂は既にいない。
驚いて振り返れば、そこには同じ笑みを浮かべたまま平然と高千穂が存在していた。

「両方取ったつもりだったんだがな…流石クラスメイト」

「それ、さっきから褒めてるの?」

「ああ。滅茶苦茶な」

ヒラヒラと右手を動かせば、なまえの髪を結っていた筈の髪留めが高千穂の手元で揺れる。
右を結っていた髪留めらしく、触れれば髪留めが無くただ結われていたままの形をした束が残っていた。
それを手ですくい、高千穂の持つ髪留めをにらみつけた。

        ・・・・・・
「まあでも―――こんなもんか」

まるで研究者の如く、自分の考えを頭の中で高千穂はまとめる。
なんだか期待外れだったとでもいうような表情で髪留めを見つめたあとなまえに背中を向けてその場を立ち去ろうとした。
しかし、なまえはそれを許さなかった。

「人の物を盗っちゃいけないって教わらなかったの?」

「っ―――――!?!?!??!」

高千穂には何が起きたかわからなかった。
生まれつき異常で過剰な反射神経を持つ自動操縦の戦闘機とでも言える高千穂は。
純粋に五感と神経がダイレクトに接続していて錯覚だのフェイントだの関係が無い高千穂は。
今、この少女が何をしたのかが理解出来なかった。
何が起きたかなんて直前でも直後でも構わないという高千穂は、そんななまえの存在にゾっとした。

「(なんだ―――なんなんだコイツは)」

―――――気持ちが悪い。

「髪留め突然取るとか他の子にやったら怒られるから気をつけた方が良いよ」

そう忠告をしながら、なまえは高千穂の腕から手を放す。
唖然となまえを見下ろす高千穂を気にせず、高千穂の手から取り返した髪留めで再び同じ箇所を結った。

「な、なん、なんだお前……」

「さっき自己紹介したよ?」

「そういうことを言ってるんじゃねえ!どうして、俺にさわれた!」

「え?も、もしかして高千穂くんって………」

「そうさ、俺は『反射神経』が」

「幽霊……!?」

「……………………」

高千穂は再び固まった。
今度は自動操縦だとかなんだとか関係が無かったが、それでも高千穂は何が起きたかわからなかった。

「まあこの学園って色々変な人いるみたいだし幽霊くらいいても不思議じゃないよね」

「お前馬鹿だろ」

「なんでみんな私が馬鹿だってわかるの」

「やっぱり馬鹿だろ」

高千穂は盛大なため息を吐く。

「つーかあれだな、宗像とやりあって無事だっつうんだからこれくらい当然なのかもしれねぇけどさ…」

「…宗像?って、あの?」

「ああ。あの殺人鬼野朗のことだよ」

「2人とも授業には出ないの?」

「出ねえよ。俺達は……あーいや、なんでもねえ」

地下でのことを言いそうになった高千穂であったが、そういえばあれは極秘だったな、と口を閉ざす。
それに首を傾げたなまえであったが、口を閉ざしたままの高千穂にそれ以上言葉を待つのはやめた。

「ま、髪留めの件は悪かったな。でもお前も知っておいたほうがいいぜ?男の子は女の子にちょっかい出すのが大好きなんだ」

「…………………」

クラスメイトの変態を思い出し、否めないな、と小さくなる高千穂の背中を見送った。

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