「えーっと、屋久島くん、だっけ?君」

名前を呼ばれ、立ち止まる。
男にしては少し高いその声は確かに自分にかけられた声で、でもどうしてコイツが俺に話しかけるのだろうと疑問を抱いて。
そのままゆっくりと後ろを振り返った。

「そういうお前は黒神真黒、だったよな。確か」

「おやおや。僕の名前を覚えてくれていたとはね。光栄だ」

「皮肉か?」

「まさか」

そう肩を竦めた黒神真黒はコチラへと歩み寄ってくることもせず、そこに立ったままこちらをじっと見つめてくる。
特に負の感情をぶつけられているわけでもないので、俺は何も言わずにその視線を受け入れていた。

「どうしてコイツが俺に話しかけるんだ、って顔をしてるね。まあそう思われるだろうとは予測していたから別にいいんだけどさ」

「俺、このあと部活」

その言葉だけでわかったのか、黒神真黒はすまなそうに「では手短に話そう」と本題に入った。

「この前はなまえちゃんが水泳の授業でお世話になったみたいで。感謝してるよ」

「……?わざわざそれだけを伝えに?」

「ああ。だってもしかしたら彼女はこの学園をやめていたかもしれないからね」

「確かに殺されかけたらそうかもしれないが…」

「え?ああ、いやいや。彼女がされたことじゃなくて彼女がしようとしたことだよ」

「…………………は?」

何を言っているんだこいつ、といった顔で、笑みを浮かべるそいつを見る。
俺が理解していないこともわかったうえでコイツはただただ話を進めた。

「君もなまえちゃんには気をつけなね」

「………………お前、さあ」

「?」

「他人に期待してないわりにはあいつに構うよな」

「っ、…どういう意味だい?」

「そのまんまだよ」

一瞬俺の言葉に彼が怯んだ気もしたが、アイツと同じジュウサンがこんなことでビビるとも思えない。
水泳のときに十一組をじっと見つめていたコイツと、鍋島から聞いていたコイツの話を思い出して。
俺は自分の考えを少し苛立ったように口にした。

「"天才コンサルタント"とか言われてるようだが、お前の目は期待していない人間を映そうとはしてないんだよ。お前は上がるものを上げているだけだ。最初から期待していないものを上げようとはしていない」

「………言い切るね」

「そういう目を俺は嫌というほど見てきた。スポーツの世界ではよくあることだ」

「ふぅん。あと僕は"理詰めの魔法使いチェックメイトマジシャン"って呼ばれてるんだ」

「魔法使いって……未体験ってやつの?」

「どうやら君はプールに沈められたいようだ」

「冗談だよジュウサン」

俺の冗談に彼は笑みを深くした。
それには流石に恐怖を覚え、慌てて話題を元に戻す。
ふと視線を流した窓の外では陸上部が駆け回っていた。
………早く行かないと怒られるなこれは。

「気をつけるのはお前かもな」

「…………………」

それだけ言って、何も言わない黒神真黒の横を通って俺は部活へと足を運ぶ。
きっとジュウサンのコイツのことだ。全て言わなくても、俺が言いたいことが伝わったのだろう。
そして、自分でもそのことに気がついている。
それでいて、何もしていない―――いや、出来ないのか?
と、そこまで考えて、廊下の角の窓から見える剣道場への入り口に視線をふと落とした。

「…………………なあ、黒神真黒」

俺はそこから視線をそらせないまま、まだ背後にいるであろう黒神真黒へと声をかける。
後ろで彼が振り返った音がして、俺は言葉を続けた。

「なまえって剣道部のマネージャーでもやってんのか?」

「?いや…彼女は帰宅部のはずだけど」

「でも、見てみろよ」

俺が視線をそらさないまま窓の外を指さしてみれば、黒神も慌てたように足早に駆け寄り下を見下ろす。
鞄を持ったなまえが、平然と剣道場への扉を開け、中に入っていく様子が二人の視界に入った。
黒神は何も言わない。

「黒神。剣道部の噂って知ってるか?」

「いや…残念ながら僕は他人に期待をしない人間らしいから、学校内の噂には疎くてね」

拗ねている場合かと突っ込みたかったが、今はそんな場合ではなかった。

「アイツのことを気にしてるお前に教えてやるよ。剣道部はアイツを利用してる。それが嫌なら、どうにかして関わることをやめさせることだな」

「…君はそうしないのか?」

「生憎俺はアイツがこうして無事でいる以上金が動かなきゃ何もしねえ。それに俺は俺で水泳の授業で二人っきりで手取り足取り色々教えたりしてるんだ。元は取れてる」

「やっぱりプールの底に沈められたいみたいだね」

「だから冗談だっつってるだろ」

呆れたように窓から離れ、再び部活に行く足を進めることにした。
しかしまだ黒神は窓の外を見つめているようで、眉間に皺を寄せて剣道場をにらみつけている。

「一番気をつけるのはなまえちゃんだね…」

背中でそんな黒神の言葉受けながら、俺は廊下をゆっくりと歩いていった。。


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