――――女というものは恐ろしい。
否、男というものも恐ろしくはあるが―――中学生でその恐ろしさを知っていたなまえは、再びそれを実感することとなる。

「三番煎じ程つまらないものは無い」

そして二度あることは三度ある―――そう言おうとしたなまえであったが、それは不可能に近かった。
というより、名字なまえは死にかけていた。

「… ……   ……」

口から溢れ出す自分の生を繋ぐものは、もう底を付きそうで。
小学校のときのことを一瞬だけ思い出した気がして、これが走馬灯かなどと一人笑おうとしていた。
だけどよくこんな深い底まで私の顔をくっつけられるほど踏みつけられるよなあ、火事場の馬鹿力ってこういうときに使うんだっけ、だなんて呑気なことを考えながら。
名字なまえは学校のプールで沈められていた。

「            ああああああああああああああああああ!!!!!!」

水の中だからと聞えなかった声が、身体が突然浮上したので耳元で響き渡る。
黒神くんは休みだし、日之影くんはあのスピードを買われて十一組の担任に声をかけられてたから此処にはいないはずだし、誰だろうと考えて。
プールの水が鼻と口から出て、次いで、自分が息をすることが出来ることを思い出した。
そっか私は陸上で生活してる生物なんだっけ。水中じゃ息もまともに出来ないんだった。ああじゃあなんで長い時間水中に沈んでたんだろう。
彼女たちには私が同じ生物には見えてないのかもしれない。そう考えて、有り得るなー、と自分の考えに笑いを零した。
そんな自分を気持ち悪いものを見るような目で見る彼女は、自分たちが悪い事をしているという自覚は無いんだろうけど、何故か脅えたような顔でこちらを見ている。

「違う」「私達は悪くない」「屋久島くんに近付くから」「その女が」とかなんとかエトセトラ。

そんな嘘を付いてないで、認めれば良いのに。
今なら彼が言っていた意味がわかる気がした。
あのときは「嘘くせー」なんて言って誤魔化してたけど、実は何言ってんだコイツとか思ってたんだ、あの時はごめんね。この場を借りて今あなたに謝ろう。私は何も悪くないけど。社交辞令というやつだ。

「(………認めれば良いのに)」

頭の中で復唱する。
彼女たちは別に屋久島くんのことを好きなわけでも、私に嫉妬してるわけでもない。
私がどうしようもなく気持ち悪くて耐え切れなくて、それでこんな行動を起こしてしまったのだ。
自分たちがいなくなるわけでなく、私を排除するという結論に至って。そして行動に起こした。
何も起こさなければ私という存在を認めたことになるし、だから彼女たちは反論を、反対をした。ただそれだけのこと。
耳元で怒鳴り散らす彼―――というか屋久島くんらしき人物と、泣きそうになりながら私に対する拒絶を叫ぶ彼女たち。
ああなんだか大変なことになってるなあ、と人事のように笑おうとしたけど、まだ頭がぼーっとして笑えたかどうかもわからない。
彼女たちが泣きながら去っていったあと、「くそ、」と吐き捨てる彼の私の身体を横抱きにする手に力が入ったような気がした。
しかしなんだかその吐き捨てた声が彼女たちに向けられた言葉では無い気がして、不思議に思いながら私はぼんやりとしたまま重たい瞼をゆっくり閉じた。

「……………………………」

競泳部の顧問に練習メニューについての話で呼び出され、水泳の授業が始まってから何分かそうして話をしていた。
顧問の話に耳を傾けながら、ぼんやりと頭の中にあの女の姿が浮かぶ。
水泳は小学校以来だと脅え、水泳の基礎も知らなかったあの女。
この前は鍋島に借りを返すとのことで教えてやってはいたが、もうタダ働きはごめんである。
再び教えて欲しいのなら金を払えと言ったら、アイツはどんな顔をするだろうか。
そこまで考えて、何を考えているのだと眉間に皺がよる。
何よりも金が大事で大好きである自分が、金を払えと言って断られたらそれで終わりだ。いつも通りだ。

「(………………別に)」

何をしぶっているというのだろう。
あの女に特別水泳の才能があるというわけではない。というか、覚えは最悪だった。
顔を水につけたり潜ったりすることに全く抵抗が無かったので思ったより楽かと思ったら、本当に右も左もわからないような状態であったので流石に驚いた。
面倒ではあったが、金を払うというのであれば毎回やっても良い。全ては金。金が絡まなければ俺は一切動かない。
はずだったのだが。

「……………………?」

一瞬なにか違和感を覚えた気がして、プールサイドで立ち尽くす。
目だけを動かして辺りを見渡してみれば、十一組を舐めるように観察していたあの長髪がいない。
何か忘れているような気もするが、気のせいだと視線をふと一番奥のコースへ流した。
見たことの無い女達が3人でわいわいと笑っているのが見える。
もしかしたら同じクラスだったかもしれないが、あんまり興味もなかったので覚えていない。
そういえば今日は再び十三組と合同ではなかっただろうかと、自分に割り当てられたコースに向かいながらじっとその3人を見つめた。
そして近くまで来て、その3人の形相にギョッとした。
3人は物凄く冷酷な表情で―――同じ人間がこんな冷たい表情を浮べられるのかと、人間に散々裏切られてきた自分の背筋が凍る。
そして3人の視線の先に、不意に視線が流れた。
水に揺れる黒い髪が一瞬だけ見えた気がして、俺の思考回路はそれを彼女と連結させて。
ブチ、と頭の中で何かが切れた音。

「――――何してんだお前らああああああああああああああああああ!!!!!!」

その声で皆がこちらを見たのも気にせず、プールに飛び込み沈む彼女を水の抵抗を無視して浮上させる。
ぐったりとした彼女はやはりあの女で、俺はわけもわからず目の前の3人に怒声を浴びせた。
自分でも何を言っているかわからなかったし、どうしてこんなに叫んでいるのかもわからない。
女3人も必死に叫び返すが、何も頭に入ってこない。同じ言語かと疑う程に、同じ人間かと疑う程に。

「大丈夫なんかなあ…」

「え?あ、ああ」

気が付いたら保健室に居た。
ここまでどうやって来たのか覚えていないし、思い出そうとしても思い出せない。
隣にいつの間にか居た鍋島の視線の先に、濡れた髪で枕を濡らす十三組のあの女がいた。
布団の下で彼女の服装がどうなっているのか一瞬気になったが、まさか水着のままではないだろうし濡れても良い予備のジャージでも着せているのだろうと顔色を見る。
プールの底でこすったのであろう傷が頬に少しだけ赤く残っていたが、それ以外に目立った外傷は無い。

「しっかしアンタがあないブチ切れるとは思わなかったで。結構熱い奴なんやなあ」

「………そんなんじゃねえ」

それは本音だった。
思い出して溜息を吐く。
なんであんなことをしたのかが自分でもわからない。
金が無い自分を助けてくれなかった奴らと同じような他人など、目の前で死にそうでも俺は助けないと言い切れる。
金を払うと助けを請うのなら別だが、助けてから後で恩着せがましく金をよこせなんて言うつもりもない。
なのにどうしてあんな感情的に。高校1年生にもなって。

「   ーん、   まくん?屋久島くん!」

「!?」

名前を呼ばれ、勢いよく顔を上げる。
いつの間にか彼女は目を覚ましていて、こちらを心配するように見つめていた。
―――彼女の髪は乾いている。

「プールから引き上げてくれたんだって?ありがとう、屋久島くん」

「え?あ、ああ…」

横を見て、鍋島がいないことに気付く。
いつの間にいなくなったのだろうと記憶を探るが、何かを忘れているようで思い出せなかった。

「ほら、私まだ泳げないからさ。助かったよ」

「…………何か無いのか?」

「え?」

俺の質問も漠然としたもので、何が聞きたいのかわからなかった。
しかしあまりにもこの女が自分の不注意で溺れたかのように話すので、違和感を持ったのだ。
だけど彼女は笑みを浮べたまま首を傾げるだけ。

「あ、ああ。そうだね。助けてくれた屋久島くんとここまで運んできてくれた日之影くんと、あと凄い心配してくれた鍋島さんにも何かお礼しないとね」

「………日之影?」

じゃなくて。

「お前……バカなのか?」

「き、気にしてることを………」

笑顔でお礼をしないと、なんて呑気なことを言うこいつに、俺は盛大に溜息をはいた。

「あのな。お前、沈められたんだぞ?殺されかけたんだぞ!それなのにどうして、そんなにお前は笑ってるんだ」

「さあ…私がそういう人間だからかな」

お礼は何が良い?と笑顔の彼女に、俺はもう考えるのをやめた。

「(十三組………)」

話には聞いていたが、こうも違うとは。特例と異常で、こんなにも。
どうせ俺達のクラスと同じで普通より少し抜きん出ているだけなのだろうと思っていたが、これは違う。
優れてるから一目置かれているのではない。外れているから距離を置かれているのだ。
許せるわけではないが、彼女達がコイツをああまでして排除しようとしたのもわからなくはない、とまで思ってしまう程に。
それくらいに―――俺とコイツは違っている。

「お礼、か…」

ならば俺がどういう人間か、十三組に教えてやるよ。

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