それはなまえが5歳になったときだった。
親戚の車に乗って、ゆらゆらと振動に体を預けているうちに寝てしまっていたなまえが目を覚ますと、そこは病院だった。
親戚は受付で何か話しているようで、なまえはゆっくりとソファの上で寝ていた体を起こす。
別にどこかを悪くしたわけではない。
そもそもなまえには此処が何の、どんな病院かすらわからなかった。

「『おはよう。えーっと、なまえちゃん?』」

ふと隣に座っていた男の子に声をかけられ、なまえは寝ぼけた頭でそちらを見る。
すぐ隣に男の子より頭1つ分くらい小さな縫い目だらけのうさぎのぬいぐるみがあったのでそれが喋ったのかと思ったが、すぐにうさぎの横にいた男の子が発した言葉だと理解した。

「『随分と可愛らしい寝顔だね』」

「だれ?」

なまえは首を傾げた。
男の子の左胸に名札かつけらているのを見て、なまえも自身の左胸を見る。
ひらがなで自分のフルネームが書かれた名札が、お気に入りの洋服につけられていた。

「『そんなことよりさ、君はどう思う?』」

「?」

なまえは垂れたうさぎの耳をいじりながら、男の子の話に耳を傾ける。

「『人間は無意味に生まれて、無価値に死ぬに決まっていると、そう思わないかい?』」

「………………」

「『だって世界には目標なんてなくて、人生には目的なんてないんだから』」

なまえはうさぎの耳をいじるのをやめて、笑顔を浮かべる男の子を見つめた。
男の子は、なまえの口からつむがれるであろう言葉を待っている。
うさぎの耳をいじっていたなまえの手が、男の子の頬に触れた。
そして。

「『痛っ、いたたたた!!』」

男の子が、悲鳴をあげる。
なまえが無表情で男の子の頬を引っ張ったのだ。
にょーん、っと伸びる男の子の頬。

「『い、いきなり何するんだよ!』」

「ほっぺ、やわらかいね!」

「『……君、僕の話聞いてた?』」

「んー、むずかしくてなにいってるかわかんなかった」

「『…………・……………』」

男の子は茫然とした表情でなまえを見つめ、それから溜息をはいた。
ふと、なまえは自分の名前を呼ばれた気がして顔を男の子から受付へと向ける。
親戚が、こっち、と呼んでいるみたいだった。

「じゃ、ばいばい。えーっと、みそぎ、くん?」

「『ああ…。じゃあね』」

それから、なまえが男の子をその病院で見かけることはなかった。



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