「今年の十三組、なんだか異様みたいですよ」

珍しく杁先生から話しかけてきたと思ったら、なんとも俺には縁のない話だった。
それに、ある『計画』のためのクラスで数々の優遇処置が取られているという特待生中の特待生の噂話を聞いたことがある程度で、そんなものに興味も無かった。
そして杁先生は杁先生で自分から話しかけてきたのにも関わらずいつものようにタブレットを手にしながらこちらを見ずに会話を続けてきた。

「まあ十三組の生徒に限っては存在自体が異様なんですけれど―――今僕が言いたいのはそういうことではないんですよ」

「というと?」

杁先生の言いたいことがいまいちよくわからず、疑問を口にする。
相変わらずタブレットを触っているのはこれがただの雑談のうちに入るからなのだろう。
これがきちんとした話であって、なおかつ杁先生から話しかけてきたとなれば一応彼もきちんとこちらを見てくれるのだから。

「入学式を除いて、毎日登校してきている子がいるらしいんですよ」

「へえ……って、十三組で?」

「ええ。十三組で」

十三組に興味が無い俺でも、杁先生が言いたい"異様"というものがその一言で全てわかってしまった。
其れほどまでに、その現象は"異様"で"異常"だったのだ。

「名前は――なんて言いましたっけね…女の子、ということは覚えているのですが、なにぶん生徒が世間話程度に話してきた内容だったもので」

「女の子……」

そこで、十三組の生徒を実際に見たことの無い俺は漫画に出てくるような組織の幹部の1人を想像してしまった。しかも悪の。
そこまで想像して、いや高校1年生だし、と思い直すが、いまいちピンとくる想像図が浮かばなかった。
そんな俺を知ってか知らずか、杁先生は話を続ける。

「もう1人はたまに教室に顔を出しているみたいですけどね」

「2人もいるのか…」

「ええ………ん?」

「?どうかしたのか?」

「いや、いえ…何か忘れているような気がしましたが気のせいでした」

そう首を傾げたときだけ一度タブレットから視線を外したが、そのままこちらを向くなんてことはなく、再び杁先生はタブレットへと視線を戻した。

「まあ今までに数日登校してきた十三組は記録上いるみたいですしね…どの生徒も、規定の出席日数を満たしてはいませんでしたが」

「ふぅん。なんていうか、杁先生って結構詳しいんだな」

「いえ。というより、久々原先生が知らなすぎなだけなんだと思います。入ってきたばかりの一年生も、既に十三組の"異常性"というものはある程度理解していますから」

「ああ…そうなんだ」

そうストレートに言われても、対して気にはならなかった。
興味も無かったし、十三組など自分にはこの先関係の無いことなのだろうから。
そしてふと気になった。
こうして自分に十三組の話を振ってきた杁先生は、十三組をどう思っているのだろう。
確かに十三組の担任になれば教師の仕事の大半は消失し、だけれども『記録』は残るという僥倖ではあるが、杁先生が自分みたいな考えをしているとは思えなかった。

「杁先生は、どうなんだ?その"異様"な女子生徒っていうのは気になるのか?」

「え?それはどういった意味での?」

「いや、変な意味だったら俺は杁先生をそういう目で見ることになるんだが」

「いやだなあ、冗談ですよ冗談」

そこで初めて、杁先生がこちらを向いた。
しかもそして、タブレットを机の上に置いたのだ。
それがなんだか自分にとっては嬉しかったが、なんのことはない、ただタブレットを机の上に置いただけなのだと考え直す。





「なんというか―――絶対に関わりたくないな、って」





そう笑みを浮かべた杁先生の顔を思い出しながら、授業を終えた俺は生徒で賑わう廊下を歩く。
日本史の授業だからなのか俺の授業だからなのか(恐らく後者だろうが)、寝ていたり携帯をいじったりしている生徒ばかりだった。いつも通りだ。
ああいうのが"普通"というのだろうか、と"壱組"とかかれたプレートを見上げながらその下を通り過ぎる。
十から十二、ましてや十三組の授業などしたことがない自分に、そんな区別はつけられない。
この箱庭学園に自分が学生のときに通っていれば自分は恐らく一から九のどこかのクラスで、杁先生は十三組なんだろうな――――とまで考えて。
俺の視線が、ふと横に流れた。
意識したわけでなく、視界に何か入ったわけでもなく、ただなんとなく、視線が横に流れたのだ。

「……………………」

女の子だった。
黒い長い髪を結ぶことなく揺らし、いつも見ている制服に身を包んだ女の子が、廊下に取り付けられた学校内の地図と睨み合いをしていた。
迷子だろうか。
しかしこんな子1年に居たっけなあ、と考えて、そういえば10人も顔と名前を覚えていないなあと少し反省する。
とりあえず名誉挽回、汚名返上、といった感じで女の子に近づき、後ろからそっと声をかけた。

「あー…大丈夫?」

もっと教師らしく威厳たっぷりに言えば良かったかと後悔するが、威厳たっぷりに道を教えたところでどうにもならないな、と考え直す。
そう考え直している間に生徒はこちらを見上げ、俺が着ているものが制服じゃないと認識すると慌てて口を開いた。

「あ、えっと、食堂ってどうやって行けばいいですか?先生」

確かに俺は先生であるが、こうもあらたまって先生と言われて、しかも期待の眼差し手見られるとどうも腰が引けてしまう。
…いや、たかが道案内でどんだけ期待されてるんだ俺。

「でも、多分この時間はもう食堂閉まってるぞ」

食堂までの道を地図を指差しながら丁寧に教えると、嬉しそうに「ありがとうございます」と言うので、俺は少し罪悪感に駆られながらも真実を口にした。
しかし彼女は残念がるどころか「そうなんですか。ありがとうございます」と二度もお礼を言ってのけた。
少し可哀想だったので、開いている時間もついでに教えてあげようかと思ったところで。

「名字じゃねえか。どうしたんだ?こんな所で」

そう、男の子の声が俺の背後からした。
この声はなんだか聞き覚えがあるなーと思い、ゆっくりと振り返る。

「って、あ…久々原、先生じゃないっすか。こんなところで何を?」

「彼女に道を教えてあげてたんだ」

「門司、知り合いなの?」

「ああ。日本史の先生。名字のクラスは日本史の先生違うのか?」

「うーん、というか、自習だね」

「自習!?いいなー。久々原先生、俺のとこも自習にして下さいよ」

「え、あー…考えとく」

「まじすか!?やりー!」

そんなやり取りをしていたが、俺の思考はそちらへ回転していなかった。
……『知り合いなの?』だって…?
ということは、彼女は俺が教えているはずの1から9組ではなく、それ以外のクラスの生徒―――!?
極度の方向音痴の上級生であるとも一瞬考えたが、この門司という生徒は先ほどまで教えていたクラスの生徒だ。上級生には敬語を使っていたはずの彼が、彼女が上級生ならばそれを使わないはずがない。
つまり、彼女は一年生で、10から12―――もしくは、13組の生徒ということになる。
背筋が凍り、額を嫌な汗が伝う。
まさか、杁先生との朝の会話で、こんなフラグが立つなんて。
そして、更に最悪なことを思い出す。
10から12組の特別カリキュラムでは自習なんてものはなく―――つまり。

「じゅう、さん……」

「え?」

「先生何か言いました?」

「あ、いや。俺はこれで失礼するよ」

ふと零れてしまった声に慌てるが、会話に夢中なせいで2人は気付いていないらしい。
それだけが、唯一の救いだったのかもしれない。
後から考えてみればそんなもの少しの救いにもなってはいないのだけれども。

「久々原先生!」

「!!」

名字と呼ばれた彼女の声で、咄嗟に振り返る。
しかし彼女は"普通"クラスで見るような笑顔を浮かべていて、大声で叫んだ。

「道案内ありがとうございました!」

「ああいや……気にしないで」

そう返した俺の声は小さくて、彼女の耳には届かなかったかもしれなかったけどそれで良かった。
きっとこれからは十三組に関わることはない。
しかしなんだか少し疲れたので、杁先生に彼女の名前を教えてフラグでも立ててやろうかと考えながら職員室に戻った。

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