「うおおおおお来たあああああ!僕はこの為に今日早起きしたと言っても過言ではない!!」

「いや別に早起きは関係ないと思うが……」

いつも以上にテンションの上がっている黒神を、いつも通りの冷めた視線で日之影は見下ろした。
そしていくつかの視線に、黒神は叫びながらも逆にそれらを観察している様子。
日之影は対して気にしていないのか、適当に水を眺めていた。
―――そう、水。

「あ、お待たせー!」

「なまえちゃん………!!」

「走ると転ぶぞ」

「あ、うん」

日之影に注意され、なまえは走るのをやめてゆっくり歩き始める。
場所は、室内にある室内プールのプールサイドであった。
50メートルのコースが約10も並ぶ、普通の高校でありえない程の大きさの競泳用プール。
それを目の前に、十三組の3人は水着姿でそこに立っていた。
勿論海や遊泳用プールへ行くときのような水着ではなく、スクール水着のようなものである。
黒神は競泳用の水着であったが。

「なまえちゃんに抱き着きたいけど日之影くんの僕の頭を抑える力がいつも以上に強い…!!」

「にしても何だ?今日は随分と賑やかじゃないか」

「まさかの日之影くんがスルー…!!」

黒神が嘆くが、なまえは日之影の言葉に辺りを見渡す。
こちらを遠巻きに見ている彼らは今までに見たこと無い人ばかりで。
もしかして、となまえが口を開いた。

「みんな、プールに入りたくてやっと学校来たとか…!」

「……いや。残念ながら彼らは十三組じゃないよ」

「そうなの?」

頭を押さえ付けられながら、黒神は彼らを観察する。
なまえは黒神のその表情を見て、もう一度彼らへ視線をうつした。

「ああ。それに、見知った顔もいるみたいだしね…」

「え?」

「あ!なんや名字なまえやんか!」

「ほらね」

聞き覚えのある声に、なまえはそのまま顔だけを右に向ける。
スクール水着を着た糸目の鍋島猫美が、笑顔を浮かべてこちらへ歩いて来ていた。

「クラス合同っちゅうんは聞いとったけど、まさか十三組とはなあ」

「こちらも、まさか特別体育科の君たちと一緒にされるとはね」

「でも十三組っちゅうんやから泳げるやろ?勿論」

「まあ、人並みには」

「50メートルくらいなら息継ぎは不要だが…特別体育科はそれ以上だろ?」

「え、い、いや、特別体育科っちゅうてもそれぞれ得意な競技がちゃうからな。ウチも人並み以上には泳げるけど、特別秀でてるっちゅうわけではないんや」

「うん。鍋島さんはどちらかというと柔道とかそういう系に特化してそうだね」

「お?お?わかってもうた?この鍛えられた肉体、水着ごしでもわかってまうんやなぁ」

「それより僕はなまえちゃんの水着に今にでも鼻血が出そうなんだけどね」

「…なんか、十三組ゆうても健康に男の子やっとるんやな」

呆れたように鍋島はなまえへと視線を送る。
目があったなまえは何を思ったか、苦笑いを浮かべていた。
そのことに驚き、鍋島は首を傾げる。

「なまえはどうなんや?もしかして100メートルくらい息継ぎ無しでも余裕とかかいな」

「え、あ、いやー…その」

「?」

なまえの歯切れの悪い様子に、鍋島だけでなく日之影と黒神も疑問符を浮べた。
いつの間にか黒神を押さえ付けていた手は無くなっていたが、抱き着こうとはしない。

「私、泳げないんだよね。多分」

「な、な……なんやて!?」

小さく苦笑いを零すなまえに、鍋島が驚きの声をあげる。
しかし、日之影と黒神は表情を軽く険しくして、なまえを見つめるだけだった。

「しょ、小学校とか中学校でプールの授業あるやろ!?」

「え、いやあ…小学校のとき一回入っただけで、それ以降は一回も…」

「あ、有り得へん……義務教育だからってサボりすぎやろ…川とか海行ったときどないするねん!」

「え?都会にいるのに川とか海って行くの?」

「十三組、ほんま規格外やで…」

右手の手の平を額に当て、鍋島は盛大に溜息をはく。
しかし何か思いついたように、目を開いてなまえの両手を勢い良く掴んだ。

「ちょお待っててな!ウチにええ考えがあるんや」

にひー、と笑う鍋島になまえは目を点にするが、目にも止まらぬスピードで鍋島は十一組の群れへと入って行ってしまった。
その背中を見送るなまえは唖然とした表情で彼女を見送ったあと、その表情のまま日之影と黒神を見る。

「な、なんか怖いんだけど……」

「ご愁傷様、なまえちゃん」

「くれぐれも無理はするなよ」

「え、黒神くんてっきり助けてくれるのかと思ったんだけど」

「いやあ僕としてもなまえちゃんがどこまで泳げるようになるのかは知りたいからね」

「流石伝説の分析家と言ったところか…」

「おや。なんだい、日之影くんは知っていたのか」

日之影がぼそっと一人言のように呟いた言葉を拾って黒神は笑う。
なまえは首を傾げ、日之影の言葉を待った。

「ああ…それくらいは知っているさ」

「うんまあ隠してるわけでもないしね。僕は日之影君たちと違って何のスキルも持ち合わせてないけど、他人をマックスまで育てるのが楽しくて仕方ないんだ。もし良ければ僕がなまえちゃんに泳ぎを教えてあげようか?もちろん僕は変態だから修業にかこつけてセクハラしまくるけどね」

「うん。全力で遠慮しとくよ」

「そこまできっぱりと断られると逆に興奮するね。寝て起きたらアスリートになってるコースと僕と一緒に寝て起きたらアスリートになるコースがあるんだけど」

「日之影君に沈めてもらおうかな」

「ああ。別に俺は構わない」

「いや、そこは構ってくれよ……」

そこまで言って、今まで騒がしかったプールサイドが静かになる。
何事かと思い、3人は一斉にそちらを向いた。
視線の先にはきちんと兵隊並に綺麗に整列している十一組の姿が。

「どうやら先生が来たみたいだね」

「私達も行った方がいいのかな?」

「いや。何も言われてないんだし良いんじゃないかな?」

「そういうものなのか?」

プールを挟んだ向こう側で先生らしき人物が何か話しているが、この距離ではいくら音が響くプールサイドだからと言って聞えるわけもなく。
ただただ綺麗に整列する彼らを眺めるだけだった。
流石特別体育科とでもいうべきか、整列している彼らが微塵も動く気配は無い。
しばらく見ていたが、元気の良い「お願いします」といった声が響いたあと、彼らは各コースへと散らばって行った。
そんな中、2人の人物がこちらへ歩いてくる。
鍋島と、見たことの無い男だ。

「お待たせー!なんや十三組は自習らしいで、こっち側の3コースは好きに使ってええってゆうとったし」

「またか…」

「それじゃあ僕は十一組のことでも観察させてもらおうかな」

「では俺は適当に泳ぐことにする」

「ほんで名字なまえは、」

にひー、と再び何かを企んでいるような笑みを浮かべ、鍋島は後ろに立っている男を振り返る。

「コイツからの特別レッスンや♪」

「え………」

「安心せい。変人奇人に輪ァかかっとるようなスペシャルやけど、バタフライから平泳ぎから背泳ぎから、短距離から中距離からメドレーから、なんでもござれのオールラウンダーやで!」

「い、いや、私はただ泳げるようになればいいだけで…」

「あまあああい!!甘いでぇ十三組!やるならとことんや!それに十一組で自由行動が許されとんのはコイツとあと競泳部の2,3人のみやからな。ウチは教えられへんねん!」

「う…ぐ………」

黒神のアスリートコースを選ぶか、今物凄いスピード(しかも息継ぎなし)で泳いでいる日之影を選ぶか。そして鍋島という選択肢は無い。
もはやなまえに退路は存在しなかった。
初対面ではあったが、今まで水泳というものをやったことないに等しいなまえがそんな"オールラウンダー"やら"天才"などという単語をきいてビビらないわけがない。
そんな人が自分なんかに教えてくれるだなんて、失礼にも程があるのではないか。
というより、あまりにも泳ぎが下手だったりしたら、水泳の天才ともいうくらいだ。もしかしたら。

「(…沈められる!?)」

真っ青な顔で男を見上げるが、男は興味無さそうな表情で視線を横に流していた。

「ほな、ウチはこれで!先生に怒られてまう!」

「あ、ちょっと、鍋島さん……!」

なまえが手を伸ばすが、それも虚しく宙を掴むだけ。
鍋島は足早に振り返ることなく自分のコースへと向かっていった。
そしてなまえはその手をゆっくり下ろし、男を見上げる。

「あ、えっと、名字なまえです…プールは、その、小1以来です……」

「…………………」

「ご、ごめんなさい、その…迷惑なら、別に……」

「……アイツには借りがあるからな。さっさと返しとかないと面倒なことになる。だからだ」

「あ、そ、そうなんですか」

「…………屋久島だ。好きに呼べ」

「や、屋久島くん…。よろしくお願いします」

屋久島と名乗った男は何も言わず、無言でなまえを見下ろしていた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -