「…………大丈夫だよ」

銃口を向けられ、殺意を向けられ、死と直面しているなまえは、それでも笑った。

「……何がだい?」

「さっきの答え」

「ああ。それは良かった」

そこで一度、宗像は目を瞑る。
しかし、銃口はなまえに向いたままだ。
下手に動けばすぐに殺されるだろう、となまえはこの状況を理解する。
そして宗像の鋭い目が、なまえの目を捉えた。

「僕に言わせればみんな大きな勘違いをしている。自分だけは死なないとか自分の大切な人が死ぬなんてありえないとか。そんな絵空事をサンタさんみたいに信じてる」

「…………………」

「実際は命なんてたやすく散るのにさ―――こんな風に」

「     」

「…………………」

「…………………」

「………………?」

いつまで経っても動く様子の無い宗像に、なまえはクエスチョンマークを浮かべる。
しかし宗像は無表情のまま、ただ銃を握りしめていた。

「お、おい!逃げるぞ!!」

「あ、ああ!!」

「何してんだ!お前もだよ!!」

「え、でも、」

「ああくそ!!!」

後ろで倒れていた男に勢い良く足を掬われ、そのまま横抱きにされてなまえは男たちと共に教室から出て行く。
宗像はそれを振り返ることなく、銃も下ろさず、そのままの格好で時が止まったかのように立ち尽くしていた。
そして彼らの慌てる足音も聞えなくなってから、宗像はようやく腕を下ろす。
それから振り返り、地面に横たわる刀を拾い、口を開いた。

「………お前が僕を止めるなんてどういう風の吹き回しだ?」

「ふん。相変わらずの殺意だな。しかし同じフラスコ計画のメンバーとして偉大なる俺はそれを許そう」

「質問の答えになってないな」

宗像の後ろに、いつの間にか見知らぬ人物が君臨していた。
―――そう、君臨。
その凄まじい存在感が今まで隠せていたこと自体おかしい程の威圧感。
しかしその威圧感に屈することなく、宗像はじっと男を見つめる。

「まあそう睨むな殺人鬼」

「僕には宗像形という名前がある」

「覚えなくて良かったんじゃないのか?」

「じゃあなんだ?僕は君の事を"王"とでも呼べばいいのか?」

「良い心がけだな」

「皮肉が通じない王とかどうと思うんだけど」

「まあ、偉大なるこの俺が先ほどの質問に答えてやらなくもないぞ」

「ああ。ぜひともそうしてくれ」

半分呆れているのか、宗像はもう武器を手にしてはいなかった。

「なんとなくだ」

「……殺すぞ」

「まあそう怒るな。王は気まぐれで、王の気まぐれは許されるものだ」

「まあ別にいいけど。じゃあ。僕は帰るから」

「そうか」

男の最後の言葉を聞くことなく、宗像は言いたいことだけを言ってその場から一瞬で姿を消した。
しかしその行動を予測していたのか見慣れているのか、男は口元に笑みを浮べたまま誰も居ない場所を見つめる。
それから後ろを向き、ゆっくりと教室を歩いていく。

「…………………」

窓側の一番後ろの机の横で立ち止まり、じっとその机を見つめる。
次いで窓の外に目をやり、空へと伸びるように建つ時計台に睨みつけるように視線を送った。

「な、なんだったんだ、本当に……」

そんな静かな教室とは対象的に、一階玄関前では息を切らした男5人組と心配そうに彼らを見るなまえの姿が。
なまえは玄関前に到着すると共に男から下ろされ、地面に足をつけていた。

「だからやめようっつったんだよ!二年前も十三組にこっぴどくやられたじゃねえか!」

「だ、だってよ!俺達ァ2年と3年で、あっちは1年だぜ?大丈夫だと思ったんだよ!」

「まあこれでわかったよ。十三組には関わらない方がいいってな」

「………そうだな」

男たちは溜息をはき、それからなまえを見つめる。
なまえはキョトンとした表情で彼らを見つめ返すだけだった。

「……助けてくれたことには感謝してるよ。あいつが最後動かなかったのもお前が何かしたんだろ?」

「え、いや、私は」

「でも、もう俺達はお前を含めた十三組には関わらないことにするよ。元はと言えば俺らが悪いんだしな。すまなかったな、怖い思いさせて」

そう力なく笑い、男は言葉を続ける。

「最後に良い事――なのかはわからねえが、先輩として教えといてやるよ」

「?」

「あの一年―――門司とか言ったか?あいつ、お前の事利用してるだけだぜ」

「…………………」

男の言葉に、なまえは何も言わなかった。
表情に何の変化もなく、男は溜息を吐く。

「十三組のことだからそんなことお見通しなのかもしれないけどさ…あいつがお前のことをオトモダチだとか思ってるだなんて夢を見てるなら、今すぐ目覚めた方がいい。俺達はもう十三組にも剣道場にも近付かず、普通に過ごすからさ。気にするな」

「別に、あなた達のことなんて気にしてません」

「…ああ。まあ、悪かったよ。許してくれとは言わないけどさ」

「いえ。それじゃあ私はこれで」

「ああ。もう会うことも無いだろうな」

その言葉を背に、なまえはゆっくりと歩き出した。
鞄は剣道場だったな、と途中でそちらへ方向転換して、思い出す。

「(………………ああ)」

立ち止まり、空を見上げる。
雲が太陽を覆い隠した瞬間、先ほどの光景と昔の光景が重なった。
向けられる全力の敵意と、降り下ろされる椅子


「アタシは世界で一番あんたのことが大嫌いだ!!」



彼女の声が、表情が、鮮明に思い出される。

「(……一丁前に、トラウマになってるというのか、アレが)」

何とも思ってないはずだったのに。一丁前に、すっかり私の過去に絡みついているらしかった。

「……………ははっ、」

無償におかしかった。
今はあの時みたく痛みで笑えないなんてことはない。
今は―――笑える。
そして結局、チャンスが2回あった筈の彼は少女漫画に登場出来るようなキャラにはなれなかったわけだけど。
―――私は、2回も助けられたわけだけど。

「名字!!」

突然名前を呼ばれ、驚いて空を見上げるのをやめる。
かなり長い時間空を見上げていたことに自分でも気付かなかった為、予想していなかった首の痛みに顔をしかめた。

「名字!大丈夫か?」

「………え?大丈夫って、何が?」

現れた水色の髪に、首を傾げる。
目の前で息を切らしている門司は先ほどの出来事を知らない筈だ。

「い、いや……その、名字の身になんかあったんじゃないかと思って………十三組ってほら、あんまり良い噂きかないし…」

最後の方、門司は言うか言わないか迷ったような口ぶりで、とても声が小さくなっていた。
しかしその声をかき消してくれる風も音も無く、きちんと耳に届く。

「うん。大丈夫だよ。刀と銃も多分返せたし」

「じゅ、銃!?」

「うん。面白い人だったよ。ちょっと怖かったけど」

「ふー……、なんつーか、住む世界が違うっつーか………」

「?一緒にここに立ってるよ?」

「言葉のあやだよ。まあ、こうして名字と出会えたってのが奇跡ってことかな」

そう笑う門司につられて、なまえも笑みを浮べた。
その表情をじっと見つめ、門司は勢い良くなまえに背中を向ける。

「あー、あー、なんつーか俺今超恥ずかしいこと言ったな!き、気にすんなよ!」

「言葉のあや?」

「え、あ、そ、そう!そうそう!言葉のあやだ!はは、あははは…と、とにかく剣道場戻るか!な!」

小さく揺れる水色の髪を見つめながら、なまえはゆっくりとその後ろをついていった。

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