ドン、という鈍い音と共に、なまえの横の廊下に大きなヒビが入る。
いやむしろヒビというより、クレーターといったほうが正しいかもしれない。
なまえは足元がそうなってから、初めて何が起こったかを認識した。

「……………え?」

無意識に、疑問の声が口から出る。
それは少し震えていたかもしれないが、なまえは自分でもどうだったかを覚えていない。
対し、大きな槌を振り下ろした少年は、無表情で口を開いた。

「…やはりまだバランスが取れないな。今ので3本も刀を落としてしまったし…まったくあの変態、僕を倉庫にでもするつもりなのか?」

そう言って少しよろめきながら槌を持ち上げ、地面に落ちている刀を拾いはじめる。
なまえは茫然と少年の動きを目で追っていて、頭の中は真っ白だ。

「ということで君は一度僕に殺されることを回避したわけだけど、ただ寿命が数十秒伸びただけだ」

「………え、えーっと…」

その冷たい目に見つめられ、なまえは少しだけ後ずさりする。
少年はそんななまえをじっと見つめるだけで、行動は起こさない。

「つまり……、逃げた方がいいってこと?」

「正解だ」

そうは言うが、なまえの顔の横をナイフが目に追えない速さで通り過ぎた。
否、速すぎてそれがナイフであったかどうかもなまえにはわからない。
しかしこれは。

「え、えっと、じゃあ、ばいばいお元気で!」

「…………………」

タッタッタ、と走り去るなまえの背中をただ立ったまま見守る少年は、なまえの姿が見えなくなってから気付いたように口を開いた。

「……返してもらってない」

対してなまえは、息を切らせたまま廊下の途中で立ち止まる。
無意識のうちに知っている教室の前に来ていたのか、と"壱年十三組"と書かれた札を見上げた。
そこで、ずっしりとする両腕に目をやる。

「………返すの忘れた…」

どうしよう、と振り返ったが、今から戻るのもなんだか危険な気がしたのでとりあえず教室に入って落ち着こう、と深呼吸をしてから扉を開けた。
そして目に飛び込んできた光景に、なまえは首を傾げる。

「えっと……今日はもう授業終わりましたよ?」

「………………」

驚いたようにこちらを振り返る彼らにどこか見覚えがある気がしてなまえは彼らを観察する。
着崩されている制服に、ツンツンに立っている髪やオールバックに、柄の悪い顔。

「(これは……なんというか………)」

デジャヴのような、そんな感覚をなまえは感じた。
思い浮かぶは剣道場にいる彼らの姿。
そして、連鎖的に思い出す。
確かあのとき自分と門司の隣を通って去って行った、先輩たちだ。―――不良の。

「…んだよビビらせんなっつーの」

ニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべ、男がなまえへ近づいてくる。
なまえは刀と銃を落とさないよう持ったまま、じっとその男の顔を見上げていた。

「はは、そんな物騒なもん持ってても怖くねえよ。十三組とは言えお前は毎日授業を受けるただの真面目ちゃんなんだろ?ビビって損したぜ」

「えっと、教室間違ってますよ?」

「間違ってねーよ」

ドン、と力強く肩を押され、なまえは尻餅をついてしまう。
咄嗟に手をつくことも出来たが、それをしてしまうと手にしている刀と銃が落ちてしまうのでしなかった。
故に、結構痛い。

「った、」

「お前をボコしてあの一年達のとこ行くからよ。痛いかもしれねえが我慢しろな?十三組なんだからよ」

それはなまえのことを気遣って出た言葉ではないということを、なまえは理解する。
しかし立ち上がろうとした足を踏まれ、なまえは焦ったように男を見上げた。
後ろで見ていた男たちもいつの間にかなまえの周りに居て、足を踏んでいる男は笑みを浮かべながら再び口を開く。

「その手にしてる武器で反撃してみたらどうだ?あ?」

「そう、します!!」

「いってえええ!!」

ガンッ、と思いっきりなまえは手にしていた刀で足を踏んでいた男のすねを殴った。
かなり良い音がしたため、男はすねを抑えて蹲る。
なまえは急いで立ち上がり振り返るが、いつの間にか後ろにも男の仲間が居たことに驚いて足を止めた。

「こんの、くそガキ…!!!」

腹の底からの怒声に、肩を揺らしてから急いで振り返る。
男は怒りのまま近くの机を蹴飛ばし、椅子を勢い良く持ち上げて。

「ナメた真似してんじゃねぇぞ!!!」

それを思いっきり、なまえへと振り下ろそうとした。

「あなたこそナメた真似をしないで欲しい。いくら先輩だからと言って、後輩の机を蹴飛ばし、椅子を投げるだなんて酷い人だ」

「な、あ……?」

「だから殺す」

キン、という鋭い音と共に、男が持っていた椅子がバラバラになり重力に逆らうことなく地面へ落ちていく。
男は椅子を振り上げた格好のまま、驚愕の表情を浮かべて止まっていた。

「だ、誰だテメェ!?」

「一年十三組宗像形。別に覚えなくていい」

そう名乗った宗像は、先ほどなまえを殺しかけた人物だった。
手にした刀は既に鞘に収まっていて、宗像は静かに立っている。
しかしいつ、どうやって現れたかわからない宗像の存在に、男たちはただ警戒するだけで動こうとはしなかった。
そんなことを知ってか知らずか、再び宗像は口を開く。

「それに十三組に対して椅子という武器は僕が言うのもなんだが、センスが無い。そんなもの、脅しにすら……」

そこで、宗像の言葉は途切れた。
違和感を覚えて振り返る。

「…………………」

そこには、驚きの表情を浮かべ瞳孔を開いたままこちらを見上げ、力なく座りこんでいるなまえの姿があった。

「……………大丈夫か?」

意図も理由もなく、宗像の口からそんな言葉が飛び出したことに、他の誰でもない宗像自信が驚く。
しかしそんな驚きの意味を考える暇もなく、男の怒声が響いた。

「誰だか知らねぇが!お前は関係ねえだろうが!これは俺達とそのガキの問題だ!」

「ああ。関係ないよ」

「なら、」

「だから殺す」

今度は男を守る椅子は無い。
そのまま宗像が振り上げる刀は空間を斬り、そして。

「……………君に男を押し倒す趣味があったなんてね」

「こ、こう見えても初体験です!」

「何故そこで照れるんだ…」

宗像は呆れたように振り下ろした刀を鞘に納め、ゆっくりと起き上がるなまえを見下ろす。
なまえはあの一瞬で、宗像の横からジャンプし、殺されそうになっていた男をジャンプの勢いと自分の体重で床に押し倒したのである。
勿論ガタイの良いこの男を押し倒すのは普段のなまえでは無理な話であるが、宗像の殺意で身体の自由を奪われていた男なら、なまえでも押し倒すのは容易であった。

「な、なん…」

「撲殺も刺殺もダメとはね……」

床に仰向けになりながらうろたえる男と、唖然として動けないでいる周りの男たちを無視して、宗像は自分の身体を何か探すように触る。
なまえは立ち上がり、男を背にして宗像と対峙していた。
ふと宗像が足元を見ると、先ほどまでなまえが手にしていた銃が落ちているのを見つけた。
宗像はそれを手に取り、何やらカチャカチャと銃をいじると、その銃口をなまえの額に向ける。

「では、銃殺―――と言ったところかな」


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