ガラガラ、と扉を開け入ってきた人物を、ソファに座ったまま見上げた。
見慣れた制服を着て、不満そうな顔で、その人物は「失礼します」とだけ言って後ろ手にドアを閉める。
そういった挨拶をしてくる分、他の彼らよりはマシなのだろう。
どうぞ、と言った意味で向かい側のソファへ手を差し出すと、彼は静かにそこへ座った。
「………わざわざ呼び出しをされるようなことをした覚えは無いのですが」
「いえいえ。十分すぎるほどしているでしょう、黒神くん」
「そうですか?理事長」
不満そうにその長い黒髪を揺らし、黒神真黒はこちらへ問う。
本当に理解していないのかは知らないが、この場合どうでも良いことであった。
「特待生の中の特待生―――普通でも特例でもない異常。そんなクラスの生徒が、3人もほぼ毎日授業を受けに学校へ来るというのが理由ですよ」
「…なるほど」
黒神はそこで、一呼吸置く。
「しかし僕は自分に何かがあるわけではないので他人を観察するという意味で出ているだけですよ」
・・
「君達のことを言っているのではありませんよ」
「――――――は?」
ここで初めて、黒神が呆れたような声を出す。
その表情も声とあっていて、こいつは何を言っているんだ、と言った様子でこちらを見ていた。
「問題なのはもう1人のお嬢さんの方です」
「…………………なまえちゃん、」
「ええ。その名字なまえさんですよ」
黒神はそこで、反論をしようとはしなかった。
何かを考え込み、思い当たる点でもあるのか―――先ほどよりも眉間に皺を寄せ、思い出してもいるようである。
そして、おそらくはこちらが何を言うのかが推測出来ないのだろう。
だからこそ、彼女は。
「何か思い当たる点でもあるみたいですね」
「………いえ、別に」
「実は彼女にもフラスコ計画へと参加してもらおうと思っていたんですよ」
「!?」
フラスコ計画、という単語に、黒神は異常なほどに反応した。
しかしそのような反応をするとは思っていなかったので、こちらも少しだけ驚いてしまう。
そのことに気づいたのか、黒神はすぐに落ち着きを取り戻した。
「今年の十三組は凄くてね…今まで1年生のフラスコ計画への参加は出来ないしきたりだったのですが、それを廃止するほどに―――その主な理由であり原因が、彼女なんですよ」
「それは……いや、しかし彼女は」
「……ええ。フラスコ計画には参加していません。彼女の振ったサイコロには、何の異常も見られなかった」
「………お言葉ですが、理事長」
ここでやっと、黒神は動揺を消し、普段の冷静な彼を取り戻したようだった。
「彼女と一緒に授業を受けていますが、そんな主な原因になるほどのものでは――」
「おやおや。天才解析者ともあろう君がそんなことを言うとはね」
黒神の言葉をわざとらしく遮ってみれば、黒神の眉間に皺がよる。
しかし、それでいい。
彼女のことが何かわかるならば、これくらいの不信感を与えなくては到底無理だ。
・・・・・・・・・・・・
「だからこそ異常なんですよ、彼女は。しかし、まあ…君や都城くんのようにわかりやすい異常とは言えませんがね。君だってわかっているのではありませんか…?彼女が普通でも特例でもない"何か"であることに」
「…………………」
黒神は黙り込んだ。そして、それが答えであった。
「こちらに彼女がサイコロを振ったときの映像があります。見ますか?黒神くん」
「………ぜひ」
机の端に置いてあったノートパソコンを開き、少し操作をしてから黒神へと画面を向ける。
そこにはあの日、この部屋へと来た名字なまえの様子が映し出されていた。
今、黒神が座っているその場所で、彼女はワイングラスに入ったサイコロを机へと落としたのだ。
「……………………」
しかし、黒神の表情に変化は現れない。
恐らくこちらが黒神の反応を期待しているのをわかっているからであろう。
だが、それでも良かった。
他人をレベルMAXまで上げるのが異常なくらい出来る彼にとって、もし彼女が"そう"であったら、きっと自分から言ってくるはずであるからだ。
「何かわかりましたか?」
ずっと同じ表情で画面を見つめている黒神に、こちらの気持ちを悟られないよう落ち着いた声でたずねる。
しかし黒神は何度も何度も繰り返し再生しているようで、こちらの問いには答えない。
――――それでいい。
その結果だけで、十分だった。
「…………いえ。何も」
「!…そうですか。それは残念だ」
「という割には、残念そうな表情には思えませんが」
「いえいえ…。残念ですよ」
とてもね。
「彼女がフラスコ計画へ参加する程度の異常を持ち合わせていないということがわかった以上、ここにまだ僕がいる意味がありますかね?」
「いえ。ありませんよ。わざわざ悪かったですね」
「ええ。まったくです」
若干イラつきながらも、黒神は「失礼しました」とだけ呟いてこちらを振り返ることなく部屋を出て行った。
黒神へと向けられていたパソコン画面をこちらへと向かせ、サイコロを振ったあとの緊張している彼女を見る。
・・・・・・
「だからこその異常―――いやはや、なんというか……実に気持ち悪いですね」
努力も環境も運も関係なく、異常で気持ち悪い結果だけを出してしまう――それが異常。それでこその異常。
「何かをすれば必ずそうなる―――ね」
黒神は1人、誰もいない廊下を歩きながらそう呟いた。
「(いやはやしかし、彼女のことについて言われたのが僕だけで良かったというか…まあ、言われたところで王土くんや宗像くんが興味を示すとは思えないしな。裏の六人なんて話を聞こうと理事長室にすらいかないだろう)」
自分で空想して、それが想像つくからなんだかとてもおかしかった。
しかし彼女のことを思い出して、なんだか笑う気にはなれなかった。
「(参加する程度の異常を持ち合わせていない、か…)」
先ほど見たサイコロの映像を思い出し、ため息をはく。
「(何を言っているんだ。彼女はどう見たって、誰よりも異常じゃないか)」