日之影から貰った地図を見ながらなまえは1人、廊下を歩いていた。
あの大きなパンフレットに載っていた分かり辛い地図とは違い、綺麗な線と字で描かれた手描きの地図は、とても見やすい。
先日のように迷子になることなく、なまえは目的地へ到達した。
「(うわあ…………)」
視界の先で動く人、人、人。
同じような服装の人が、ごった返している。
財布と地図を握りしめたままその場に立ち尽くすなまえは、どうしようかと溜息をはいた。
「(買える――のかな、これは…)」
なまえがいるこの場所は、一階の購買――つまりなまえはお昼ご飯を買いにきたというわけである。
だが、見ての通り購買は人で賑わっていて、なまえの立ち入る場所はないといえる。
「(いや、賑わってるというよりは暴動みたいな……)」
1人でなければ苦笑いをこぼしていたところだ、とまで考えて。
ここで買えなければお昼ご飯は抜き―――もしくは真黒の手によって口へ食べ物を運ばれるというよくわからないプレイをさせられるのだと思い出す。
財布を握る手に力をこめ、一歩足を踏み出したところで。
「あ!やっぱりそうだ!」
「―――?」
横からかかった声に、次に踏み出そうとしていた足を止める。
もしかしたら自分じゃなかったかもしれないとその後考えて、少しだけ恥ずかしくなった。
「よ!この前はすまなかったな!」
「あ、どうも」
こちらへと走ってきたのは、この前廊下の角でぶつかった男の子だった。
両手に購買で買ったであろうパンを大量に抱え、門司と呼ばれていた男はなまえの前で立ち止まる。
「そういえば名前訊いて無かったんだけどさ、お前なんて言うんだ?」
「名字なまえだよ」
「名字か!俺の事は気軽に門司って呼んでくれていいからさ」
「うん。門司ね。ありがとう」
ふと、購買に集まっていた人がバラけだす。
喜びながら去る人と、肩を落としながらとぼとぼと歩く人。
その様子を見て、なまえは何があったのかを悟った。
「……売り切れちゃった………」
「あ…もしかして、購買に?」
「うん。買おうと思ったんだけど…ここの購買って凄いんだね」
「まあ値段の割りに良いもん揃ってるしな。俺も毎日世話になってんだぜ?」
「そうみたいだね」
門司の両手に抱えられたたくさんのパンを見て(よく見れば中には飲み物やお菓子、おにぎりやカップ麺など種類が豊富のようだ)なまえは笑みを浮かべて答える。
「それじゃ、私は教室に戻るね」
「あ、名字!」
「え?――わあっ!」
「はは、名字でも驚くんだな」
「そりゃ、いきなり食べ物を投げられたらびっくりするよ……」
「わりぃわりぃ」
全く謝罪の気持ちがこもっていない謝罪を笑いながら言う門司に、なまえは苦笑いで受け取った食べ物を見る。
なまえの顔程の大きさの美味しそうなパンが、透明な袋に包まれていた。
「これ……?」
「やるよ。あ、あと飲み物――お茶でいいか?」
「いいの?」
「ああ!困ったときはお互い様だからな」
「ありがとう!」
小さめのペットボトルを今度はきちんと投げてくれて、なまえはパンとぶつからないように丁寧にキャッチする。
それを見届けた門司は、笑顔でなまえに手を振った。
なまえも手を振り返し、元来た道を戻り始める。
「(今度からちゃんとお昼ご飯は持ってこよう……)」
なまえがそう考えていることなど知らず、門司は小さくなるなまえの背中をじっと見つめていた。
「門司!戻ってこないと思ったらまだ購買に居たのかよお前」
「ああ宇佐か…」
「ん?可愛い子でもいたか?」
宇佐と呼ばれた男に名前を呼ばれた門司は、なまえから視線を逸らさずに宇佐へと言葉を返す。
そんな門司の視界の先を見つめて、宇佐は驚いたように口を開いた。
「ほー。あの子が例の"異常組"の子か?」
「ああ。名字なまえ―――この学園で数少ない登校して来ている十三組のうちの1人だ」
「まさか本当にお前がそんな奴と知り合いだったなんてな」
「まあな」
「つーか腹減ったし教室戻ろうぜ」
「ああ。話はそれからだな」
門司も、なまえに背中を向けて歩き出す。
とは言っても、なまえの背中は既にこの階には無かったが。