糸島軍規と、奈布二音たちの騒動から一週間。
奈布二音たちは学校に登校してきてはいるものの、なまえとは目を合わせようともしない。
所詮それくらいのイジメだったということだろう。
奈布二音もその友人2人もあの日のことは誰にも言っていないらしく、問題にすらならなかった。
なのでなまえも気にせず、楽しくもつまらなくもない学校へと登校していた。
そして糸島軍規は。

「…………………」

誰も座っていない隣の席を、なまえは自分の席へ向かう途中でチラリと見る。
そして何も置かれていない椅子の上に座り、静かに鞄を机の上に降ろした。


――――糸島軍規は転校した。


なまえはその理由を知らない。
それはクラスメイトも担任も――もしかしたら校長くらいは知っているかもしれないが――同じだった。
まあ理由といってもそんな重大なことではないだろうと、なまえは直感だけでそう思い込む。
実際そうかもしれないし、違うかもしれない。
しかし理由がわからないということは、これからも自分にはその理由は関わってこないだろうというのがなまえの意見だった。
糸島軍規が転校することは彼が転校したあとで知ったことであったし、なまえはそのことについて特に何とも思ってはいない。

「でねー、」

「えー?うっそー」

「それでそれで?」

楽しそうな声を背中で受けながら、なまえはもう他人に見せる必要の無い教科書を机の中へとしまう。
そういえば今日は担任と進路についての面談だったな、と配られていたプリントを見つめ、ゆっくりと息をはいた。




×




「で、進路は決まってないのね?」

「はい」

いつもニコニコと笑っている担任の先生は、無表情で淡々と機械のように言葉を紡ぐ。
どこか行きたいところは、とかどのくらいのレベルの大学に行きたいのか、など形式的な質問をして「特にないです」「どこでもいいです」とだけ答えたなまえに、担任は表情をかえることなく先ほどの質問を投げかけたのだ。
なまえは何を思うこともなく即答する。
進路が決まっていないのも本当だが、高校に行くかどうかすらもちゃんと決めていなかった。
しかし他人がどうであれ自分が中卒で満足のいく仕事に就けるとは思えなかったし、社会のことなどまだ何も知らないのだ。
自分はまだ子供であり、まだ学ぶべきこともたくさんある。
とりあえず高校には行っておこうと、そのことだけは担任に伝えてあった。

「なら、此処とかどうかしら」

手にしていた資料の中から、一冊のA4サイズの本をなまえへと差し出す。
あまり分厚くも無いそれを受け取り、表紙に視線を向けた。

「創立およそ100年。1学年につき、普通科、体育科、芸術科、特別普通科、特別体育科、特別芸術科、それともう1クラスあわせて13組まであるマンモス校。生徒の自主性を何よりも重んじて、部活動もたくさんある学校よ」

「……はあ、そうですか」

何でそんなに詳しいんだ、という視線を送るが、担任はなまえのことを見てすらいない。
もう話しは終わったとでもいうように、机の上に広がっている資料を片付けはじめていた。

「箱庭学園。多分あなたには、ぴったりなところだと思うわ」

教室からなまえが出て行く瞬間、担任はなまえにギリギリ聞こえる音量でそう呟く。
なまえは目だけで振り返り、それからもらったパンフレットに目線を落として。
次の学校生活は楽しもうと心に決めた。

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