なまえが教室に入ると、ざわざわと騒がしかった生徒達が一気に静まった。
まるで入る教室を間違えた生徒の気分、となまえは無表情のまま教室を見渡す。
席はどこだろう。
入口の近くに座っている茶髪の女の子や髪の毛をワックスで立てている男の子に訊こうとしたけど目をそらされたのでどうしようかと再び教室を見渡す。
「ああ、お前の席は此処だよ」
なまえが困惑しているのを察したらしい1人の男の子が、自分の横の机を叩いた。
なまえは小さく頭を下げてから、ゆっくりとその机へと足を進める。
途中でお約束として足を引っ掛けられそうになったが、なまえはそちらへ視線を向けることもなく上手く足をかわして叩かれた机へと鞄を置いた。
「義を見てせざるは義なきなり!仲間のピンチを見逃せないこの私だ!」
「はあ……」
胸元をはだけさせ、学制服をだらしなく着用している短髪の男は、席に座ろうとしているなまえへそう叫ぶ。
「私は糸島軍規。仲良くしてね」
「うん………………………………………………………………よろしく」
言うかどうか、たっぷりと悩んでからなまえはそう一言だけ呟いた。
「にひひひひ。わからないことはなんでも訊いてくれ!というが、私も転校してきたばかりなのであまりわからないがな!」
男は人懐っこい笑みでそう笑い、なまえが席に座るのもじっとそれを見つめている。
なまえは居心地が悪そうに眉間に皺を寄せるが、男はそんなことを全く気にしていないようだった。
「私のことは軍規と呼べばいい。ところで、お前の名前は?」
「名字なまえ」
「軍規ー」
なまえが名乗った瞬間、誰かが甘ったるい声音で軍規の名前を呼ぶ。
軍規はそちらを振り向き、「何だ?」と笑顔で対応する。
軍規の名前を呼んだのは、肩までの栗色の髪をゆらりと揺らす女の子だった。
「そんな奴と喋ってないで、アタシとお喋りしよ?」
ニッコリと笑う女の子を見て、可愛らしいな、となまえはぼんやりとその子を見ていた。
軍規は顔をしかめることもせず、よくわからないと言った表情で「私に何か用か?」と呟く。
「何か用が無いと喋りかけちゃ駄目なの?軍規」
甘ったるい声音でそう囁く女の子は、栗色の髪を綺麗に揺らす。
なまえは自分が話しに入るわけにもいかないだろうと、鞄の中に入っている教科書を取り出し引き出しの中へと入れた。
引き出しの中には、何も入っていなかった。
なまえはそのことに驚いて、少しだけ表情を変えたがすぐに元に戻し教科書をしまう。
虫の死骸くらいは入っていると思ったのだが、そういえば最近学校に来ていなかったのでそのせいだろうか。
隣で笑いあう女の子と軍規の会話に耳を傾けることもせず、なまえはただボーっと授業開始のチャイムを待つことにした。