「しーぶーきーちゃああああん!!!」
「やめろこっちくんなあああああああ!!!」
志布志飛沫は逃げていた。
しかも全力で。
野球少女である飛沫が体力でも脚力でも負ける気はしなかったが、それでも飛沫は全力だった。
そして逆に、逃げる飛沫を追う女の子―――名字なまえは、椅子の下をくぐったりなど出来るだけ移動距離を短縮して飛沫を追っていた。
ことの始まりは数分前。
診察から戻ってきたなまえが、ロビーに座る飛沫を見つけ、笑顔で走り寄ってくるところから始まったのだ。
蛾々丸はもう帰ってしまったのか、姿は見当たらない。
そして笑顔で走り寄ってくるなまえを見て、手を振り返したあとで戦慄した表情になり、逃げ出した――ということだった。
何故逃げられるのかわからないなまえと、その理由を知られたくない飛沫。
鬼ごっこが終わる様子は無かった。
だが。
「う、」わあ!!
「!?おい!」
なまえが足を絡ませ、床にビターンッ、と倒れ込んだのだ。
驚いて飛沫は足を止め、振り返る。
一向に動かないなまえにキョロキョロと飛沫は辺りを見渡すが、ロビーに人の姿はない。
「だ、大丈夫か……?」
おそるおそる近付いて、倒れたままのなまえの様子を伺う。
なまえはゆっくりと起き上がり、ぶつけたおでこをさすっていた。
「だい、じょぶ……うううう…」
「お、おい…」
今にも泣き出しそうになっているなまえの声音に、飛沫はどうしようかとなまえを見つめる。
だがなまえはぐっ、と泣くのを堪え、立ち上がった。
「だ、だいじゅぶ!!」
「いや、だいじゅぶってお前…」
痛みのせいでかんだのか、その言葉に飛沫が呆れたように笑う。
なまえも涙ぐみながら笑い、ゆっくりと飛沫に近付く。
「もう、いたくないよ!」
「っ………」
飛沫はなまえが近付いてきたことに気付いて、一歩下がる。
だがなまえはどんどんと飛沫に近付き、その手を掴んだ。
「なんでにげるの?わたしのこときらい?」
「いや………違う、そうじゃなくて」
「そっか。ならいいや!」
ニッコリと笑い、近くのソファになまえは座る。
掴まれていた腕は放されたというのに、飛沫はじっとなまえを見ている。
なまえは首を傾げ、「どうかした?」と飛沫に訊いた。
「お前、本当に大丈夫なのか…?」
「だいじょうぶだよ!ころぶの、はじめてじゃないから!」
「なら尚更……っ!!」
だが本当に、なまえが痛みを我慢している様子でもない。
それにもしも我慢しているだけであっても傷は正直だ。
それが現れないということは、本当に大丈夫なのだろう。
だけどそれすらも、飛沫が困惑する原因にはなっていた。
「なまえ、おまえ…」
「名字さーん、」
「あ、またね!しぶきちゃん!ばいばい!!」
受付の人に名前を呼ばれ、なまえはその場を走り去ってしまう。
あとに残された飛沫は、なまえを見つめてその場に立ち尽くすだけだった。