「そういえば鍋島、戦挙見に行ったんだろ?どうだったよ」

プールサイドへ上がった屋久島が、観客席の最前に座っている鍋島へ声をかける。
鍋島と共に来ていた友人は他の知り合いの元へ行ったらしく、そこには鍋島一人だった。

「やっぱし後輩のこと心配なん?」

「ま、それもあるな」

恥ずかしげも無く頷いた屋久島から視線をズラし、鍋島は「種子島くんも」と近くにいた種子島のほうを向く。
どうやら"戦挙"という単語を種子島の耳が拾っていたようで、聞き耳を立てていたらしい。
気まずそうに鍋島へ視線を向け、目が合った鍋島が笑みを浮かべるものの種子島は特にアクションは返さなかった。

「うちが見れたのは初戦くらいやからな。まあ、でも…」

鍋島の表情から笑みが消える。あの戦いの勝者は確かに人吉善吉だったが、後味の良いものとは言えなかった。

「いくらあの生徒会長とはいえ、一筋縄ではいかん相手やろな」

「それをお前が言うのか」

屋久島は苦笑いを零したが、彼女が言うのだからそれほどの相手なのだろうと息を吐く。

「俺としては、そこになまえがいなくて良かったとは思うが」

「え、あの人いないんすか?」

屋久島の言葉に、驚いたように種子島はつい口を挟んでしまう。
ハッとして口を閉ざしたが、既に口にしてしまった言葉を無かったことには出来ない。

「あいつは生徒会じゃないしな。でも、まあ…種子島がそう言うのもわかる」

なまえは過負荷マイナスではなくただの異常アブノーマルだ。それを、この場にいる全員が理解している。
だとしても、このとんでもない状況で、彼女が"蚊帳の外"なのが信じられないのだろう。
現生徒会長の異常さは知っている。それを踏まえて尚、彼らにとってなまえは異常なのだ。

「学園も立ち入り禁止になってるし、どうしてるんだろうな」

「さあ…でも案外、図書室あたりで勉強でもしとるんちゃう?」











「『みんな図書室で勉強なんて偉いね。今度僕にも教えてくれないかな』」

腐り落ちた床も、真っ二つに割れた机も。
まるで何事も無かったかのように綺麗な元の姿に戻っていた。
それが誰の"せい"なのかなど、説明しなくともこの場にいる過負荷マイナス全員が知っている。

「『ダメじゃないか怒江ちゃん。図書室では静かにしないと』」

球磨川さん、とほぼ同時に飛沫と蛾ヶ丸が青年の名を口にした。
箱庭学園三年マイナス十三組。球磨川禊は、いつの間にか江迎の隣に並んでいる。
いつもの笑み。変わらない瞳。それらは真っ直ぐ、他の誰でもないなまえへ向けられていた。

「ご、ごめんなさい球磨川さん。でも、」

「『ああ。怒江ちゃんは悪くない。それに、聞いてくれなまえちゃん。今は僕のことがあるから"こう"なってしまったわけだけど、 怒江ちゃんも君が嫌いなわけじゃないんだ』」

球磨川はなまえを倒すという目標を掲げている割には、なまえに友好的な態度を示す。
それは無意味で無価値な行動であるが――なまえはそれを非難も否定もする気がない。

「『言っただろ?なまえちゃん。過負荷マイナスは君を歓迎する』」

何が言いたいのだろう、となまえは首を傾げた。
過負荷マイナスでない自分をそちらへ引き入れる理由が、なまえにはわからなかったのである。

「もしかして、クラスメイトが欲しいとか」

「『……ん?え?なんて?』」

「ここにいるみんな、球磨川くんより学年が下だし…。マイナス三年十三組に、クラスメイトがいないから私に声をかけてるのかなって」

「『僕に友達がいないみたいな言い方するなよ!』」

球磨川は半泣きだった。
なまえの適当な推理は全く持って外れていたのだが、球磨川を傷つけるには十分だったらしい。

「お昼休みに一緒にご飯食べてくれる友達くらい別クラスで見つかるって」

「『そこはなまえちゃんが一緒に僕と食べてくれるんじゃないの?』」

「それはちょっと」

「『それはちょっと!?』」

言われたい放題の球磨川ははあ、と盛大に溜息をつくと、図書室の壁にかけられている時計をチラリと見た。

「『…と、こんな無駄話をしてる場合じゃなかった。そろそろ試合の時間だからね。怒江ちゃんを呼びに来たんだ。ついでになまえちゃんも見ていくかい?勉強の息抜きにでもさ』」

「…遠慮しとくよ。図書室からなるべく出ないようにしてるから」

結局球磨川と江迎は図書室へ一歩も入ることなく、なまえたちへ背を向けた。
どうやら成り行きを見ていた蝶ヶ崎と飛沫は2人の試合を見に行くようで、図書室の入口へと足を進める。
球磨川は顔だけでなまえに振り返り、笑みを浮かべ口を開いた。

「『勉強はまだ続けるんだろ?夏休みはずっとこの図書室で勉強してくれないかな』」

「元からそのつもりだよ」

「『そうかい。それじゃ、勉強頑張ってね』」

そのまま手をひらひらと振った球磨川と、こちらを見ることなく廊下へ出て行った飛沫たちがいなくなり、1人だけになったなまえは球磨川に応援されたからではないが、勉強を再開することにした。

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