箱庭学園には各学年、13ものクラスが存在する。つまり、それだけの教室数も存在するということだ。
そして、この間の時計塔での戦闘により―――というよりも"球磨川禊"という存在により、現在二年十三組は誰も登校していない。
"負け犬軍団"として時計塔へ足を運んだ雲仙冥利は、敵として戦っていた"裏の六人プラスシックス"と共に球磨川禊に病院送りにされたのである。
つまり、現在二年十三組は空き教室となっている。
故に、その表札へ勝手に『壱ノ−13、弐ノ−13、参ノ−13』と手書きで書かれた紙をぶら下げたとしても誰に怒られるわけでもなかった。

「『えー、それではこれより、マイナス十三組の合同ホームルームを開始しまーす』」

均一に並べられた机の上には、それぞれ違った携帯電話が置かれている。
教壇に立つのは教師ではない。
誰だと問う声も無いが、教壇に立つ青年は笑顔のまま、無表情の携帯電話へ言葉を続けた。

「『議長は暫定的にこの僕、球磨川禊が務めますね!』」

それぞれの携帯電話の画面には通話相手の顔と名前が表示されている。

「すみません球磨川さん。私が旧校舎の奪取に失敗したばかりに、新しい教室を用意できなくて」

携帯電話からの声を聞いて、球磨川は教壇から降りるとその電話が置かれている机の上に近付きながら口を開く。

「『だから気にしなくていいんだって怒江ちゃん。マイナス十三組全員が揃うまではこの二年十三組で十分事足りそうだしね。十三組生のほとんどが登校していないというのは後々のことを思うと大変そうだけど、こうしてたまり場を作る分には都合がよかったな。ナイスアイディアだったよ、"不知火ちゃん"』」

「…いやあ、思いついたことを言っただけですよあたしは。あひゃひゃ!」

「『…で。現在登校している十三組は三人ってことで間違いないのかい?』」

「えー、そうです。その通り。雲仙先輩が入院中の今、授業に出ているのは現生徒会長の黒神めだかと前生徒会長の日之影空洞、それと」

「『…前生徒会長、ねえ』」

不知火と呼ばれた少女の言葉を遮るように、球磨川はその大きな目を細めた。
その携帯の画面に表示されている名は、"不知火半袖"。
一年生である彼女は人吉善吉と同じ"一組"であり、この学園の理事長の孫娘でもある。
そんな彼女が何故"マイナス十三組"にいるのか―――それを説明するのは今でなくとも出来るだろう。
不知火は言葉を遮られたことに苛立ちを覚えるでもなく、ケタケタと笑うように言葉を続けた。

「はい。まあ、ご安心ください。心配しなくとも、"現"生徒会長と"元"生徒会長が手を組む可能性は皆無ですから☆」



「―――あれ?」

勢いよく開いた扉―――それは、二年十三組の教室ではなく、その下の階にある三年十三組の教室である。
同時、上の階で壁が壊れるような音を聞いた者はいない。

「名瀬ちゃん、教室間違えてるよ?」

「…用があって来てるんだよ」

そう三年十三組に足を踏み入れた少女の名を、呼ばれた名瀬は知っている。
忘れる事など出来るはずがない。
この学園に登校している三人目の十三組―――名字なまえ。

「名字先輩は忘れ物でもしたのか?あんたトロそうだもんな」

「名瀬ちゃんは箸より重いものは持てなそうだね」
「やめろよ、照れるだろ」

軽口を叩いた名瀬は、照れると言いながら逸らした視線をそのまま隣にいる人物へ流した。
―――黒神めだか。
彼女となまえが最初に出会った日から、まだそう経っていない。
地下では、名瀬は事の成り行きを友人の古賀と見ていただけである。
それでも、なまえの"異常アブノーマル"の"ヤバさ"を感じ取った。
そして、それはこの状況を見る限り"気のせいだった"と済まされるものではないということもわかっていた。
名瀬の隣に立つ黒神めだかは、扉を開けて入ってきたというのにも関わらず、なまえへ一度も視線を向けていないのである。

「【仲間外れスキルクラッシュ】ねえ…」

名瀬の口の中で転がした言葉がなまえに届いたかはわからない。

「なあ黒神」

「どうかしましたかお姉さま」

「視線はそのまま。首を右に52度。そこに何が見える?」

「何、とは?質問の意味がわかりませんが」

「三年十三組の生徒が見えねえのか?生徒会長さんよお」

名瀬も、自分が指定しためだかの視線の先を見る。
そこには変わらずなまえが立っていたが、どうしたのだろうかと首を傾げている。
はあ、と盛大に溜息をつくことは自分でわかっていた。それでも、名瀬はそれを止めようとは思わなかった。

「やり辛え…名字先輩、さっさと帰ってくれよ」

「会うなり酷いね名瀬ちゃん。ここ三年十三組だよ?」

「知ってるよ」

だから余計にやり辛いんだろ、とこの話題にもう触れたくないとでもいうように名瀬は未だに指定した場所へ視線を"向けているだけ"の黒神をチラリと見る。
なまえは名瀬が適当に言った通り忘れ物を取りにきただけのようで、自身の机の中を漁り「またね」と名瀬たちの方へ手を振り教室を出て行く。
名瀬もめだかも、それに対して返事を返すことは無かった。




「『じゃー、思わぬ邪魔が入っちゃったけど切り替えて!ホームルームを続けようか。ここから先は幹部会ということでね!』」

下の階で扉が閉まった瞬間、二年十三組の教室で机の上の大量のお菓子を目の前に球磨川は笑顔を浮かべた。
先ほどまでは球磨川以外に誰もいなかった教室だが、今はそれぞれ違う制服を着ている男子生徒と女子生徒が存在している。

「邪魔―――ですか。そうですね。理事長も仰っていた通り、やはり生徒会執行部は私達の邪魔をするようですね。まあ、当たり前といえば当たり前ですけれど」

「生徒会が邪魔ならすり潰しちゃえばいいんじゃねーか。向こうから先に殴ってきたことだし口実はあるだろ。あたしにやらせろよ!マイナス五秒で、あいつらを地面と区別つかなくしてやる」

「『こらこら飛沫ちゃん。そんな乱暴なことを言っちゃあいけないよ』」

球磨川を含めた3人は、机の上のお菓子に手をつけながら物騒な会話をし始めた。
球磨川の手元にはどこかで温めてきたのかほかほかのたい焼きが置かれており、それを胴体の部分から指で千切っていく。

「『暴力を振るわれたから暴力で返すなんてそんなことをしたら僕達は連中と同類じゃないか!ちゃんと話し合ってわかってもらおう?僕達のエリート抹殺計画がどれほど素晴らしいのかを!』」

「…わかりました。そうしましょう」

「あんたが大将だ球磨川さん。判断には従うよ。いいようにしな」

僕そんないいこと言った?、と賛同する2人にケロっとした態度で球磨川は対応するが、2人はそれ以上この件に関して言うつもりはないらしい。

「『ま、なまえちゃんは馬鹿だから理解なんてできないだろうけど』」

ねっ、と笑う球磨川に、2人は顔を見合わせる。

「………彼女は結局、こちらマイナスには参加しませんでしたね」

男子生徒はなんとかそう言葉を搾り出したが、相変わらずその表情は変わらない。
女子生徒に至っては、1本ずつ丁寧に食べていた棒状のお菓子が入った袋を握りつぶした。

「『そうじゃなきゃ困る』」

球磨川の指が、熱い餡子の中へ沈む。

「『なまえちゃんはめだかちゃんに勝つことしか出来ない。なまえちゃんがこちらマイナスに来て"僕ら"が勝ったら、僕はなまえちゃんにとって"例外"じゃなくなるんだ』」

"球磨川禊はどんな勝負にも勝つことができない歪んだ性質の持ち主である。ただし、名字なまえが対象のときはこの限りではない"。
もし"負けたことのないめだか"に"例外"であるなまえが球磨川たちの陣営に入ったまま勝てば、それは"なまえ"の勝利であるが、マイナス十三組の勝利でもある。
その瞬間、球磨川禊の"どんな勝負にも勝つことができない"という歪みは崩壊する。

「『僕の望みはなまえちゃんを倒すことだ。でも、僕の初勝利はめだかちゃんがいい』」

「……?球磨川さん、それは矛盾してるよな?」

先ほどまでの説明は一体なんだったのだろう、と折れたお菓子をちまちまと食べていた女子生徒が首をかしげた。
球磨川がめだかに勝てば、球磨川にとってなまえは例外でなくなる。
だから、順番は球磨川の望むものと逆でなければならない。
球磨川がなまえを倒し、その後めだかを倒せばいい。
そんなことは誰もがわかっている。それでも、球磨川はそこを譲る気は無いようだった。
あんなことを言った手前、その球磨川の考えを全面否定する気は女子生徒には起きない。

「『うーん。どうしようか』」

何か考えがあるとでもいうように、球磨川は笑みを含んだ口へ少し冷めたたい焼きを放り込んだ。

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