フラスコ計画は停止した。
中止でも、続行でもない。一時的な停止である。
今までどおりあの塔の地下への出入りは許可されたが、実験は行わない。
実験を行わないのなら、彼らが学校へ登校する理由もない。
結果的に、"目安箱"へ投書された望みは叶ったことになる―――されど、問題が無くなったわけではない。
球磨川禊の転校。その事実がある限り、"何も起きない"はずがないのである。

「『やあなまえちゃん。昨日ぶり』」

「……球磨川くん」

「『流れを考えたら昨日の今日で僕が会いに来るなんてありえないと思った?なまえちゃんが落ち込んでないか心配で会いに来たんだよ』」

「落ち込む?」

平然と当然のように目の前に現れた球磨川に、下校しようとしていた なまえは足を止めた。
彼の言葉に首を傾げたところで、その笑みが崩れることはない。
高千穂千種。宗像形。 名瀬夭歌と古賀いたみは少し違うか、と球磨川はなまえにとって聞き覚えのある名ばかりを口にしていく。

「『友達を失って、気分はどうかなって訊いてるんだよ』」

「球磨川くん友達いなさそうだよね」

「『久しぶりに会った相手になんてことを言うんだよ君は』」

球磨川は怒ってみせるが、それもどうもわざとらしい。
なまえは怒りも呆れも見せなかったが、その顔に浮かべた困惑の色を隠そうとはしなかった。

「球磨川くん、いい気分そうだね。なにかあった?」

「『なまえちゃんを倒す前にめだかちゃんも倒せそうだなって思って』」

「えーっと、昨日の」

「『ああ。そうだよ。なまえちゃんに友達を失わせた原因さ』」

球磨川はなんの躊躇いもなくその事実を口にする。
行橋が理解したのは、それだ。
なまえが2年間この学園でどう過ごしてきたのかなんてことを、勿論球磨川は知らない。
それでも、"十三組に友達がいる奴なんていない"ことを球磨川は理解している。"だから"なまえは彼らと友達になれたのだと、そういうことを言いたいのだろう。
しかし、黒神めだかという存在。もしくは、人吉善吉という存在。
そんな彼らの存在が、"十三組"である高千穂や宗像の中で、普通ではなく特別なものになった。
それは―――いいことなのだろう。今まで"友人"や"仲間"、もしくは"関心のある人物"など、"十三組ジュウサン"は持ち合わせていなかったのである。
だからなまえはそんな彼らにとっての"例外"だった。
" 十三組 ジュウサンは誰とも親しくならない"。"ただし、名字なまえはその限りではない"。

「『めだかちゃんや善吉くんという"前例"が出来た。つまりもう、なまえちゃんは彼らにとって"例外"じゃない』」

「……だからもう"友達"じゃないってこと?」

「『当たり前だろ。君に友達なんて出来るわけがない』」

球磨川は確かになまえを倒すつもりだ。地下では真黒が庇わなかったらあの螺子はなまえの身体を貫いていただろう。
それでも、球磨川に"今"その気持ちが無いことは、なまえにでもわかった。

「だからあの子が"先"なの?球磨川くん、特に何も考えずに箱庭学園に来たってこと?」

「『失礼な。考えたさ。僕は"十三組エリート"を抹殺する。でもきっと、めだかちゃんは僕の前に立ちはだかると思うんだ。なまえちゃんは知らないかもしれないけど、めだかちゃんはそういう子なんだ』」

「そういうの殺害予告っていうんだよ。通報だ通報」

「『おいおい、炎上だけは勘弁してくれよ』」

球磨川は柄にもなく溜息を吐きそうになる。
そこで、初めてなまえのペースに巻き込まれている自分に気が付き、流れを修正しようと慌てて口を開いた。

「『なまえちゃん。君はめだかちゃんを倒すことが出来る。だってめだかちゃんは"負けたことがない"』」

「球磨川くん、」

「『だからフラスコ計画も"中途半端に解決しないまま"一時的に中止になっている。この結果はなまえちゃんが原因だ』」

何かを言おうとしたなまえの言葉を球磨川は勢いのまま遮る。

「『戦う理由なら昨日出来た。僕が作ったわけじゃないが、取られた"友達"はもう返ってこない。なら両方壊せば良い。めだかちゃんを放っておけば、きっとこの先もなまえちゃんは"失い続ける"ことになる』」

そんな球磨川に対してなまえは遮られた言葉を続けようとするが、ふとこちらへ近づいてくる3つの影に気が付いた。
誰もが箱庭学園の制服を着ていなかったが、この距離で後ろを振り返らない球磨川の様子を見ると、どうやら彼らとは知り合いのようである。
コツコツと廊下に足音を響かせながら近づいてくる姿は、光の加減でなまえの位置からではよく見えない。
2人は女。1人は男だろう、と廊下の窓から差し込む光に照らされた服装や体格でなまえは推測する。
彼らの顔が見えるまで、あと少しだ。
なまえは目の前の球磨川に視線を向けることなく、じっとそちらを凝視している。

「え…………」

目を見開くと共に、言葉を静かに零したのはなまえ。
球磨川の後ろに並んだ3人を、名字なまえは"知っている"。

「『僕じゃない彼らのことなら覚えてるだろ?なまえちゃん。過負荷マイナスは君を歓迎する』」

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