勿論、球磨川禊は敗北した。
忘れたいくらいの敗北を自分に味わわせた少女の名を、彼が口にすることは二度と無いだろう。
それでも―――水槽学園は"廃校"になり、球磨川禊は箱庭学園へ転入する。

「『………………』」

目の前のなまえに、水槽学園について問うても無駄だろうということを、球磨川は理解していた。
知らないだろう。水槽学園という場所がどのようなものだったのかを。
知らないだろう。そこで彼女のために戦った者が1人だけいたことを。
そして、それらを彼女は知らなくて良いのだ。
だから球磨川は笑みを浮かべながらも、過去のことを口にするような無粋な真似だけはしなかった。
視線を、なまえから何か言いたげなめだかへ移す。と、待っていたかのようにめだかは球磨川へ口を開いた。

「この場をどうやって治めるつもりだ?」

「『治める?』」

めだかの言葉を、球磨川は鼻で笑い飛ばす。
混沌より這いより、混乱をもたらし、その場を混迷させるような存在であるマイナスにそれを訊くのかと。

「『そういうのは"生徒会"の役目だろ?それとも、なにかい――』」

めだかちゃん、と球磨川は嫌味ったらしくめだかへ視線を流す。

「『全人類を自分の家族だと思っているとか言いながら、なまえちゃんのことなんてどうでもいいって思ってたりする?』」

「――――っ!」

球磨川の言葉に反応したのは、めだかではなく善吉であった。
先ほどから―――否。
"最初から"感じていた違和感の正体はそれだと、震える身体を必死に支えながら、善吉はめだかへ視線を動かす。
そこには、冷や汗をかき酷く動揺した表情を浮かべる、"生徒会長"黒神めだかの姿があった。
全員の視線が彼女へ届いても尚、めだかの意識がなまえへ向くことはない。

「何を―――言っている、」

それは、めだかの言葉。

「『"黒神めだかは全人類を自分の家族だと思っている"。"ただし、名字なまえはその限りではない"』」

「【仲間外れスキルクラッシュ】…」

なまえの"それ"を口にしたのは、黒神真黒でも、都城王土でも、ましてや行橋未造でもない。
まるで走馬灯のように頭の中に流れた今日までの記憶に、欠けていたピースがあったかのように。それでいて、たった今そのピースが見つかり、ハマったとでもいうように。
二年十一組である阿久根高貴は、自然とその異常アブノーマルを口にしていた。

「『あは。賢いね、高貴くん。真黒くんより十分なまえちゃんのことをわかってる』」

「ちょ―――ちょっと待ってよ!混乱してるのってもしかして私だけ!?確認のために"わかる人"に訊くけど、"今私達は誰と戦うべき"なの!?」

喜界島が、悲鳴のような声をあげる。
球磨川は、口を閉ざす。都城も沈黙を貫いていた。
誰もがその疑問を持っていた。誰もがその答えを待っていた。
しかし―――そんなものは誰もがわかっている。
今自分達が戦うべき相手など、口にしなくともこの場にいる全員がわかっているはずだと、善吉は学ぶことなく思っていた。
"そうであるべきだ"という微かな願い―――それと、単純にこの現実を認めたくないという想いから、そう"思い込み"たかった。

「名字なまえを、」

その名を口にすることは、善吉には出来なかった。
そう、言ったはずだ。今。自分は、この場にいる全員に届くよう、彼女の名を口にした筈だと、善吉は自分が音の出ていない口をパクパクと動かしていただけなことを知らない。
その言葉は誰にも届かなかった。
彼女を。目の前の異常アブノーマルを"どうにか"しなければ、フラスコ計画は―――この物語は、"どうにも"ならない。
前に進めない。後に戻れない。
そんなことは、"誰もが理解しているはずだ"。

「そんなのは決まっている」

言葉を口に出せるのは、やはり黒神めだかだ。
信じている。人吉善吉は、誰よりも彼女を知っていると、心のどこかで思っている。
この状況で言葉を伝えられるのは自分なんかではなく彼女であるべきだと、善吉は知っていた。
それでも―――頭の中で、うるさいくらいに警報が鳴り続けている。
彼女にその先を言わせるな・・・・・・・・・・・・
しかし、先程何も言葉を発せなかった善吉の口は、やはり機能を果たさない。
黒神めだかは、言葉を続ける。
全員の問いに、彼女は答える。

「"都城王土に決まっている"」

それはもう、善吉の知る彼女ではなかった。
"黒神めだか"を知る全員が、彼女が何であるかを理解出来なくなった。

「"そのあとで、球磨川。貴様だよ"」

めだかに倒されるべくして君臨する都城にでもない。
球磨川を睨みつけるめだかにでもない。
めだかに敵意を向けられる球磨川にでもない。
めだかに"仲間外れ"にされたなまえに。その現実アブノーマルを突きつけられた善吉たちには、もう戦意と呼べるものが微塵も残っていなかった。

「『…だってよなまえちゃん。どうする?』」

そう、笑みを浮かべた球磨川に問われたなまえは口を開かない。
そんななまえを見て、真黒ではなく、行橋が気付いた。
阿久根はとっくに気付いていたが――"それ"を口にできるほど、冷静ではない。
なまえは自身の異常アブノーマルを理解している。それでいて、今度は自分の足だけでこの場所に来たのだと、行橋はなまえが何故ここに来たのかを今更考える。
なまえの例外アブノーマルは、言ってしまえば『何でもあり』だ。少なくとも、行橋はそう思う。
"自分は人の心を読み取れる。ただし、名字なまえはその限りではない"。
それはもう――理解した。否定する要素がない。むしろ、行橋はなまえの異常アブノーマルを聞いて納得していた。それは、他の誰であれそうだろう。
だが、それは―――自分たちの異常アブノーマルから"外れる"だけのものだろうか?
違う、と行橋は首を横に振る。なまえの異常アブノーマルがただの"カウンター"みたいなものならば、黒神めだかが"こう"なるはずがないのだ。

「―――そうか」

答えを出した行橋は、自分でも驚くほどに冷静だった。
だから目の前のクラスメイトは、フラスコ計画に参加するわけでもないのに、此処に来たのか。

「王土。これは少し、不味い状況かもしれない」

行橋の声になまえの瞳が微かに揺れた気がしたが、心を読むことの出来ない奴が思っていることなど知らないと、言葉を続けた。
名を呼ばれた都城は、表情を変えることなく視線だけを行橋へと動かす。

「なまえを"友達"に思えなくなる前に、あいつらに関わるのは止めたほうがいい」

"あいつら"と、と行橋はめだかを指差しながら都城へ忠告した。

「宗像形も高千穂千種も"手遅れ"だ。ちなみに、僕はなまえとは元々"友達"じゃない」

「だがな、行橋。俺がここで黒神めだかと戦わなければフラスコ計画は中止になる」

ようやっと口を開いた都城に、生徒会のメンバーには緊張が走る。
この状況で――都城にも、まだ戦う意思はあるのか。
都城がめだかのようになまえのことを意識していない様子は見られない。それでも、"王"としてはこの対応が相応しいのだろうと行橋をじっと見下ろす。
行橋は仮面の下で焦りにも似た表情を浮かべていたが、それを感じることは誰にもできなかった。

「なまえとの砂遊びはそのあとゆっくりすればいい」

「それが出来なくなるって言ってるんだ」

「行橋」

重圧が、行橋へと重くのしかかる。
まさか"仲間"にすらそんなことをするのかと、阿久根は身構えた。
しかし行橋は食い下がった。
これは、"友達"ではないなまえのための行動ではない。
目の前に"王"として君臨する、都城王土のための行動だ。

「勿論勝つのは王土。君だ。でも、"これ"は勝つとか負けるとかそういう話じゃないんだよ」

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