「"球磨川禊"………!!」

そう、新たな登場人物の名を零したのは、生徒会長である黒神めだかである。
なまえの登場時には変化のなかった表情が、一瞬で歪んだ。
その表情を、善吉は見たことがあった。
しかし善吉には、今は先程よりも更に余裕など存在しない。

「『ああ。勘違いしないでくれよ!僕となまえちゃんはここに一緒に来たわけじゃなくて、僕は今日付けでこの箱庭学園に転校してきたんだ。だから理事長にご挨拶に行かなきゃいけないんだけど道に迷っちゃってさ、よかったら理事長室がどこにあるのか教えてくれない?』」

そう、なまえ以上に空気を読まずに言葉を続ける球磨川は、1人でニコニコと笑っている。

「次から次に…一体……」

動揺を隠しきれていないのは、球磨川を知らない喜界島もだった。
人の心を読めるはずの行橋も、王土が近くにいるとはいえ"最初から心が無いみたいに思考が読めない"球磨川に、その表情を曇らせる。

「この男は私達の中学時代の先輩だ。かつて"支持率0%で生徒会長になった脅威の男"。もっとも、たったの数ヶ月でリコールされたがな」

喜界島の疑問に答えたのはめだかだった。
その説明をするべき善吉は球磨川を目の前にした恐怖で全身を震わせ、それどころではない。
しかし―――そう淡々と説明するめだかを見て、善吉は更に恐怖していた。

「(どうして………)」

自分の肩を抱いて震えを止めてくれているはずのめだかに、善吉はゾッとしていた。
その瞳は球磨川しか映していない。その前に現れた十三組である名字なまえのことを、彼女は未だに"気にかけていない"。

「『やーだ、善吉ちゃんってば女の子に庇われちゃって情けなーい!でも、いーんだよそれで。落ち込まないで元気だして!』」

そんなこともお構い無しに、球磨川はスタスタと善吉たちとの距離を縮める。

「『情けなくてみっともなくて恥ずかしい、なーんにもできない役立たずの弱い奴。それが、きみのかけがえのない個性なんだから!無理に変わろうとせず自分らしさを誇りに思おう!きみは、きみのままでいいんだよ』」

「…おい!球磨川っ――」

威勢良く一歩前へ踏み出した阿久根に、球磨川は怯むことなく一歩近付いた。
それだけで、阿久根の恐怖を煽るには十分だった。
恐る恐るといったふうにさん付けで呼びなおす阿久根は、一気に戦意を削がれてしまっている。

「『あはっ。元気そうでなにより高貴ちゃん。その様子だとかつての破壊臣も随分丸くなったみたいだね!いや実際、僕はきみのことを本当に心配していたんだ。きみが中学生の頃に壊した人間や壊した物体は二度と元の形には戻らないのに、のうのうと改心なんてフツーはできるわけないからさ。でも、高貴ちゃんがそんなことすっかり忘れて自分だけは幸せになれたみたいで良かったよ』」

そんな調子で、球磨川は喜界島、更には真黒にまで話しかけていた。
そして、最後にパチリと目が合う。球磨川となまえは、しばらく無言で見詰め合っていた。

「………おい」

しかし、痺れを切らしたように口を開いたのは2人のどちらでもない。4人と対話するのを静かに聞いていた、黒神めだかである。

「それで、私には何も無いのか?球磨川。折角の再会で折角の機会だ。私にも言いたいことがあるなら、言っておけよ」

「『んー?僕が、めだかちゃんに言いたいことねえ…』」

話しかけられた球磨川は考え込むように目を閉じる。
そして、口元に浮かんでいた笑みがスッと消え、開かれた目は冷め切ったものになっており。

「『別にないけど』」

視線の先のめだかに、そう静かに言葉を送った。

「『あー!ひょっとして勘違いしてる?僕がきみ達に会いに来たとか!うわ恥っずかしいー、自意識過剰ー、どんだけ自己中な考え方してんの、きみ達!自分のことをそーんな重要人物だと思いながら日々を生きてるんだおもしろーい』」

「…ならばどうして貴様がここにいる。一体、何をしにここに来たというのだ」

球磨川の息をするような煽りにも冷静に、めだかは淡々と言葉を零す。
球磨川はとぼけた顔で「『さっきも言っただろう?』」と肩を竦めた。
しかしすぐに、「『でも、』」と先ほどのような笑みを浮かべて再び視線をなまえへ移す。

「『確かにそれだけじゃない。僕はなまえちゃんに会いに来たんだよ』」

「名字さんに…?」

そう、球磨川の言葉に疑問を浮かべたのは阿久根だった。
先ほどまで球磨川と会話をしていためだかは、既に口を閉ざしている。
それが、善吉には信じられなかった。やはり、何かが―――これが、自分の知っている黒神めだかだとでも言うのか?

「『そうさ。なまえちゃん。君に"勝つ"ためにね』」

瞬間、なまえの元へ螺子が投げつけられたのを阿久根は見た。喜界島は感じた。
その2人がわかったのだ。王土も、行橋もそれに気付いた。
しかし―――2人共動かなかった。

「っ、!?」

なまえは驚きのあまり小さく息を吸う。
螺子が刺さったから――――ではない。
顔の前に被さる布が自身の視界を覆ったことに、なまえは驚きを隠せないでいた。
それは、なまえだけではない。
その場にいた全員が、"彼"のそんな行動に目を丸くした。

「大丈夫かい?なまえちゃん」

「ま、ぐろ……くん、」

黒神真黒は、元クラスメイトであるなまえを庇うようにその両腕でなまえを抱きしめていて。
二年前とは違う。後ろからではなく、前からの抱擁。
その温かさをなまえは知っていたが、回した真黒の背中には螺子が突き刺さっている。
そのままズルリと横へ倒れそうになる真黒を慌てて支えようとして、支えきれないその重さになまえも共に地面へ座った。

「『せっかく傷治してあげたのに、女の子を庇ってまた傷を作るとかどこまで格好良いんだよ真黒ちゃんは』」

球磨川はやれやれと言った風に首を横に振り、なまえに抱えられる真黒を見下ろす。

「はは…これは僕の自己満足さ。それに、君はなまえちゃんに勝てないよ」

「『……それは得意の解析かな?だとしたら、そんなものは無意味だって真黒ちゃんが一番よく知っていると思ったんだけど』」

「…………どういうことだい?」

呆れたように視線を宙にやっていた球磨川は、不思議そうな表情を浮かべた真黒を見て面白そうに笑みを浮かべた。
というよりも、球磨川は登場時からずっと楽しそうに笑っている。
何がそれほど面白いのだろう、と喜界島は眉間に皺を寄せた。

「『あはっ。もしかして、本当にここにいる誰もなまえちゃんの異常アブノーマルを知らなかったりする?それはそれは…上手く隠してたもんだね。なまえちゃん』」

褒めているのかわからない口調で、球磨川はなまえへ話しかける。
それがもし褒めているものだとしても、本心ではないだろう。
というよりも、行橋の言う通りならば球磨川禊に"心"などいうものは存在しない。

「『彼女の異常アブノーマルは【仲間外れスキルクラッシュ】。【例外】と言った方がわかりやすいかな』」

「例外………?」

「『"例外のない規則はない"―――なまえちゃんは決してあてはまらない。原則の適用を受けない』」

今度はそれが、球磨川の"嘘"でないことを、この場にいる全員が理解した。
めだか以外の視線の先にいる少女の異常アブノーマルが"そう"であるなら――――と、皆、心のどこかで納得していた。
球磨川はゆっくりと視線を真黒へ移し、そしてまたなまえへと戻す。

「『……"黒神真黒は誰でも解析できる異常アブノーマルの持ち主である。ただし、名字なまえが対象のときはこの限りではない"』」

そうだろう、と球磨川は黙ったままのなまえに微笑んだ。
しかしなまえは笑みを返さなかった。
そんななまえに別に不満があるわけではなかったが、球磨川は少し考える風に首を傾げる。
しかし特に思い浮かばなかったのか、すぐにその動作をやめ、螺子が突き刺さった真黒を心配そうに抱えるなまえへ格好付けて口を開いた。

「『ねえなまえちゃん。折角の再会で折角の機会だ。僕に言いたいことがあるなら、言っておきなよ?』」

「……お先にどうぞ」

「『僕は悪くない』」


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