そこには『名字なまえ』という登場人物はいないはずだった。理事長の筋書きにも、計画にもそれは含まれていなかった。
誰が予想しただろう。誰が想像しただろう。
"フラスコ計画を潰すための戦いをしている最中に、いつでも果たせる約束を果たそうと遊びにくる者がいるだなんて"。

「………あれ?」

三年十三組である名字なまえは、前回足を踏み入れたときと同じように、時計塔の地下へ続く扉の前に到着した。
しかし、前回とは何もかもが違う。
@門番もいなければA閉ざされた空間でもない。Bなによりあの巨大な扉がボロボロに破壊し尽されていた。Cつまり、パスワードを入力する必要がない。
これはなまえにとって"簡単に中へ入ることができる"好都合の条件であったが―――

「うーん………」

流石のなまえも、そのような状況で何も躊躇わずに扉をくぐろうとはしなかった。
足元に落ちているパスワード入力機器を見下ろし、その場にしゃがむ。
無言でそれをしばらく見つめていたなまえは少し考えたあと、数字を入力し始める。
これだけ扉が破壊されているというのにその機器はまだ動くようだった。
そして、表示される『Error』の文字。

「まあ……でも」

開いてるならいいよね、となまえはその壊れている扉から塔の地下へ足を踏み入れた。
前回行橋に案内されたとおりその迷路を歩いて行く。
ここは"高千穂千種"のフロアだ―――しかし、なまえは高千穂を捜そうとはしていなかった。
それに、彼が出てくる気配もない。
心配する素振りも不安がる様子もなく、なまえは目的の場所に向かって足を進めていた。
前回この階では―――そう。確か、階段を使用したはずだ。つまり、彼女はこの階の"誰もが動かせる訳では無いエレベーター"の在り処を知らない。
しかし彼女は辿り着いた。道を間違えたのか、導かれたのか。
攻略され見破られ一時撤退を余儀なくされた彼らですら、動かすことの出来ない鉄の箱アブノーマルが、目の前に静かに存在している。
そして"それ"で下っていく遥か下。その地下フロアで今何が起きているのか―――それを知る者はそういない。
棘毛布ハードラッピングは攻略され、枯れた樹海ラストカーペットは見破られ、骨折り指切りベストペイン黒い包帯ブラックホワイトは一時撤退を余儀なくされていた。
それを知るのはフラスコ計画の参加者である十三組の十三人サーティンパーティと、その計画を潰そうと奮闘している"現生徒会メンバー"のみ。
そして、その生徒会メンバーは、息つく間もない戦闘の連続で疲弊しきった身体を引きずりながら地下へ地下へと階段を降りていく。

「……………………」

"元"剣道部。そして"元"柔道部であり"現"生徒会書記である阿久根高貴だけが―――その心に、一抹の不安を抱えていた。
地下へと連れて行かれた"生徒会長"のことか?自分達の代わりに裏の六人プラスシックスと戦っている"負け犬軍団"と名乗った彼らのことか?
否。阿久根高貴の不安は"そんなこと"ではなかった。
目の前を走る彼らは知らない。かつての生徒であった異常アブノーマルは知っているかもしれないが、この学園に入学したばかりの、普通ノーマル特例スペシャルは、あの異常アブノーマルを知らない。
むしろ"此処"までの道のりが"こんなもの"で済んだのが不思議なくらいだった。
この状況で―――この現状で、阿久根高貴は"彼女"が"地下"にいないことが、平然と当然のように目の前に現れないことが信じられなかった。
だから阿久根高貴は警戒していた。油断もせず、少しの休憩もせず。

「ん?どうかしたかい阿久根くん。僕の体力の無さなら気にしないでくれ。疲れたらちょっとばかし休憩して、すぐにでも追いつくからさ」

「………いえ」

自身の隣にいる"元"生徒をチラリと見れば、その視線に気付いたのだろう。少し息を切らしながら"彼"はそう答えた。
阿久根は少しだけ考えた。考えた結果、口を閉ざしたのである。
もし"彼女"について訊いたとして、"彼"が答えるとは思えなかった。それに、自分のそんな軽率な行動のせいで"フラグ"が立ってしまうことはどうしても避けたかったのだ。
いくらあの"生徒会長"とはいえ、"彼女"が現れてしまえば―――この先、どうなるかなど自分には全く予想が付かない。自分の特例スペシャル如きで、"彼女のような十三組アブノーマル"に手が付けられるとは思っていない。
そしてそんな不安を持っているのは、先ほども言ったとおり"阿久根高貴"ただ1人である。

「確かにおもろい連中やなあ!なんや『裏の六人プラスシックス』ゆーんは手品師集団なんかい?」

「…あれが手品ならオレも随分気が楽なんだがな」

"負け犬軍団"と名乗った集団のうち2人、鍋島猫美と雲仙冥利は阿久根たちの上の階、地下4階にて裏の六人プラスシックスの2人とにらみ合いながらそんな冗談を飛ばしあっていた。
彼ら2人ですら、この現状アブノーマルに精一杯で、冗談は言えど他の事など考える余裕は無い。
『面白半分でちょっかいを出すな』と雲仙は目の前の裏の六人プラスシックスに対し鍋島へ忠告を促すが―――ふと、"視線が横へ流れた"。

「………………………」

おい、と声を出したつもりだった。
しかし雲仙の口はパクパクと餌を食べる金魚のように動いただけで、何の言葉も発せていない。
それに雲仙は気付かなかった。それよりも先に、隣にいた鍋島が、"雲仙の様子がおかしいことに気付いた"のである。

「どないしたん?まさか、風紀委員長ともあろうもんが"手品"に引っかかったんやあらへんよな?」

「…………気付かないのか?」

「ん?」

まだ手品に引っかかったほうがマシだとでもいうように、雲仙は苦虫を噛み潰したような表情をする。
その視線の先には―――先ほど、裏の六人プラスシックスが入っていた鉄の箱。

「エレベーターが動いてんだよ!!!」

その扉は固く閉ざされ、現在の存在階を示すモニターには"地下1階"の文字。
鍋島猫美も、そこでようやっとその異常アブノーマルに気が付いた。
自分達が地下へと行かせた"生徒会メンバー"は下へ降りているはずだ。そうでなくとも、あの中に『エレベーターを動かせるほどの異常アブノーマル』は存在しない。
地下1階の住人である高千穂千種は横で裏の六人プラスシックスと戦いを繰り広げており、此処へ"降りてくる"存在など予想がつかない―――鍋島も雲仙も、目の前の異常アブノーマルから意識を逸らした。
当然ながら、目の前の異常アブノーマルの1人が笑みを深くしたことに気付くのが遅れる。

「当然だろう。むしろ遅かったくらいだ」

元気良く自己紹介をした後から一切喋らなかった"彼"が口を開く。
雲仙冥利はその異常アブノーマルを知らずとも、十三組アブノーマルは知っている。
――――糸島軍規。
フラスコ計画のメンバーであり、裏の六人プラスシックスの"リーダー"でもある十三組。

「おい、一体何の話を」

「私は不安を持っていないという話だ」

軽い機械音が、エレベーターの稼動を知らせた。

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