「参加しない…?何故」

そう、初めに疑問を投げかけたのは驚くべきことに王土だった。
彼も早とちり(というよりは最初から思っていたのかもしれない)したようで、どうやらなまえが"参加しない"とはっきり意見を述べたのが意外だったようだ。
怪訝な表情を浮かべている王土を見るのは、行橋にとっては初めてのことである。

「何故って……」

あのなまえが、問いの答えを言い淀む。
その様子を見る限り、"なんとなく"でも"わからないから"でもなく、きちんとした不参加表明の理由はあるらしい。
しかし、なまえはそれを言おうか言わまいか"悩んでいる"ようだった。
それもまた、箱庭学園でのなまえを見ていた者なら初めて見るなまえの様子だろう。

「実験内容が複雑で難しいというわけでもない。それほど」

「そうじゃなくて、」

王土の説明をも遮って、なまえは首を横に振った。

「ならなんだと言う?」

「私がこの実験に参加しても意味が無いから」

「―――意味がない?」

なまえの答えに声を零したのは行橋。
凡人ノーマル天才アブノーマルに変化させるために異常アブノーマル十三組モルモットになり凡人ノーマルが最初の犠牲となるこの計画に、"名字なまえ"が参加しないことに"意味がない"なんてことが有り得るだろうか。

「(――――いや…)」

彼女と出会った者なら、彼女と関わった者なら全員口をそろえて言うはずだ。
"彼女こそがこのフラスコ計画に相応しい"と。

「ボクはなまえ。キミの異常性なんてものは知らないし別に知ろうとも思わないけど、キミは計画に参加するべきだよ。キミには十分資格があるし、さっきの2人やここにいる糸島軍規だって知り合い…"友達"なんだろう?授業なんかに出るよりは、十分楽しいと思うけど」

行橋は自分より前にフラスコ計画へ参加していた"彼"ほどこの計画に熱中しているわけではない。
王土が参加しているから参加しているだけで、その王土もフラスコ計画を第一の目的としているわけではない。
それなのにどうしてここまでなまえへ語りかけるのか、行橋自身、"わからなかった"。

「……もしかして、既に実験に参加したことがあるのか?」

「え?」

今まで喋ることもせず会話をただ聞いていただけの糸島がその口を開く。
言われたことが予想外だったのか、それとも糸島が口を開いたことに驚いたのか、なまえは短く驚きの声を零した。

「私も先ほどの行橋の発言の半分くらいは同意見だ。なまえは別にこの計画に参加していたって不思議じゃないんだろう。ただ、私はこの計画がなんなのかあまり理解はしていないが」

「……………………」

そんなことだろうと思っていた、という雰囲気がなまえを含めた3人から発せられていることも知らず、糸島はなまえへ視線を顔ごと向ける。

「つまり、なまえの異常性は実験の結果だって言いたいの?フラスコ計画はまだ未完成なのに?」

行橋の糸島に向けられた発言に、王土の眉間に少しだけ皺が寄った。
そのことに、他の誰も―――恐らく王土自身も気付いていない。

「…………幼い頃からその異常性はあったはずだ。そうでなければ、あのとき…」

「…都城くん?」

まるでひとり言かのように呟いた王土は、そこで口を閉ざす。
何を考えているのか、その表情からは全くわからない。
なまえはしばらく待ったものの、都城はそれ以上話を続ける気はないようだった。
仕方ないので、なまえは行橋の疑問に答えることにする。

「逆だよ」

「逆?」

行橋は自分で考えることを放棄しなくてはいけないくらいに余裕がないようだった。
与えられる餌を待つだけの雛鳥のように、なまえからの言葉の続きを待つ。

「"この実験が元"なんじゃなくて、"私が元"なの」

「は…………?」

行橋の口から微かにこぼれた声。
多分ね、と付け加えられたなまえのその言葉で、自分以外の誰かに届かないくらいに小さい声と共に、行橋の思考回路は完全に停止した。
同じくその答えは予想していなかったようで、糸島も少し考える素振りを見せている。
そして、フラスコ計画の現"要"である都城王土は。

「…いや、余計な詮索だったな」

少し"取り乱した"ように見えた都城の態度は、がらりと戻る。
行橋は、普段ではありえない"非日常"の連続に、今までにない"負担"を脳に感じていた。
今要る人数よりももっと大量の人間の思考を、心を、感じ取ることなど行橋にとっては容易いことである。
だというのに、この"異常事態"に対応するどころか順応することもできないだなんて。

「それに、もとより計画に無理に参加させるつもりもない。もう帰っていいぞ」

「え?」

意外なことに、都城の言葉に驚きの声を零したのは糸島である。

「そうなのか?私はてっきり、都城のことだから無理にでもなまえを計画にいれるものだと思っていた」

「おいおい…まさかこの俺様を暴君とでも思っているのか?」

飽きれたように息を吐く都城に、行橋はかける言葉が見つからなかった。
しかし―――今ので、糸島がここまでついてきた理由はわかった。
阻止"できる"か"どう"かは別として、恐らく無理を強いる都城からなまえを守るか救うか、とにかく彼女の味方につこうとでも考えていたのだろう。
だが、まあ、彼を援護するわけでもないが、都城を相手にするならばそう考えるのが普通で当たり前のことなのだ。
まさか―――誰がまさかこんな"他人の意見を尊重する"ような言葉を、あの都城が口にすると思えよう。

「また遊びにきてもいい?」

「ああ。砂場なら上の階にもある」

そして、その"砂遊び"が実現することがないことも、誰も思ってなどいなかったのだ。

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