「なるほどそういうわけか」

と、声。
なまえは驚いたように後ろを振り返った。

「どうしてここに、って顔だな。それは俺の台詞だぜ?名字」

「高千穂くん…」

対し、人の心を―――思考を読める行橋は、そんな第三者の登場に特別驚いているわけでもない。
知っていたのだろう。
・・・・・
待っていたのだろう。
既に行橋はなまえと2人きりという空間に耐え切れなくなっていた。
助け舟なら"誰でもいい"と、行橋は高千穂の登場の邪魔をしなかった。

「いずれはこうなるって思ってたんで驚きはしなかったがよ…しっかしなんで、よりにもよって行橋なんだ?」

「………………?」

高千穂はその敵意を隠そうとはしていない。
なまえはどうして高千穂がそんなにも"苛立って"いるのかが理解出来なかった。
なまえは知る由も無い一年生の頃の出来事。
高千穂があの日、一年十三組へ行こうとしたとき、それを"都城王土"の登場の邪魔になるからという理由だけで"妨害"したクラスメイト―――それが行橋未造である。
しかし、理由はそれだけではない。
むしろ、そんなことは理由ではなかった。
高千穂にとってあの過去は"どうでもいい"ことではないが、行橋との対決は"どうでもいい"ことに成り下がっている。
それは、行橋も同じだった。
それならば何故、行橋を敵視しているのか―――その理由を、『十三組の十三人サーティン・パーティ』の『狭き門ラビットラビリンス』は"感じ取って"いる。

「お前、こいつに何する気だ?」

それは、なまえの後ろにいる行橋へ向けられた言葉。

「都城の奴が名字に"何か"をするようには思えねえ。あいつは確かに自分のことしか考えて無いが、名字に関してはそうじゃないだろ?」

「…いやだな。もしかして、ボクが女の子に手をあげるとでも思ってるわけ?ここに来たのは彼女の意思だ。ボクは案内をしているだけ。そうだろ?なまえ」

「え、うん。地下があるのは知らなかったけど、扉を開けるのにムキになってたら」

「……ムキに?」

高千穂はなまえの言葉に一瞬思考が停止する。
次いで、驚いたように声をあげた。

「え、名字、お前あの扉開けれなかったのか!?」

「うーん、最後のはいい線いったと思うんだけど」

「でも、じゃあなんでここに……?」

高千穂はなまえならあの拒絶の扉を容易に開けることが出来ると思っていた。
勿論、それはなまえと関わったことのある『十三組の十三人サーティン・パーティ』なら誰もが思うことであろう。
むしろ、拒絶の扉どころかもっと複雑なエレベーターまで起動させてしまいそうだ―――それなのに。
高千穂は、仮面のせいで表情が汲み取れない行橋へゆっくりと視線を動かした。

「……………………」

一体行橋が何を企んでいるのか。高千穂は、先程よりも行橋への警戒心を膨らませる。
高千穂には心が読めない。行橋がその仮面の下で何を考えているのかなど知る由もない。
もしかしたら知ってて行橋についていこうとしているのかとなまえを見るが、そうだとしても何もおかしくはないと一年の頃を思い出す。

「あのな、お前だって他の十三組の十三人サーティン・パーティだって、俺には指一本触ることができない。それなのにこいつは俺に触れる」

「……………………」

 ・・・・・
「そういうのを失うわけにはいかないんだ。わかるだろ?こいつは俺にとっての大切にはならないが、それでも存在することに意味がある」

「ああ。知ってるよ。そしてそれは王土にとっても同じことだ」

「何…?」

「十三組の中にも格差はある。ボクは王土の奴が大好きだけどさ、あいつを友達だと思ったことは1度もないよ。孤独であることこそが王者の唯一の要件だ」

それに、と行橋は高千穂の言葉も待たず言葉を続ける。

「キミにとっての宗像形だってそうだろ?一緒にいることが多くとも友達じゃない。殺人鬼というものは孤立してるべきなんだから」

「ああそうか。そういうことか」

高千穂は笑った。
高千穂が笑うことを行橋は知っていた。
それでも、その理由には納得が出来ないでいた。

「行橋。お前はこいつの異常アブノーマルに自分を見失ってる。まるで一年の頃のあいつのように」

「…まさか。黒神真黒とボクを一緒にしないでもらえるかな」

「ならどうして名字を案内するような真似をしてる?」

「それは…………」

「あ!」

高千穂と行橋の会話を聞いていたはずのなまえが、緊張感の無い声を零す。
一体何だと慣れた様子で高千穂はなまえに視線を向けた。
何故か楽しそうな笑みを浮かべているなまえに、高千穂はその口を今すぐテープか何かで塞ぎたくなった。

「もしかして、宗像くんもここにいるから案内してくれようとしたの?」

「………………は?」

そう、かろうじて声を零したのは行橋未造。

「そうそう。私、宗像くんのことも探してたんだよね。ついでって思ったんだけど案外時間かかっちゃったな…」

最初に探そうとした人物はもう教室に戻っているだろうか、となまえは暢気に首を傾げて。
高千穂はやる気のない「あー」という声を零した。

「一応訊くが、なんで宗像のこと探してんだ?」

「え?だって、さっき外にこれが落ちてたんだ」

なまえは、平然と扱いなれていない銃を取り出す。
高千穂は盛大に溜息を吐いて、なまえへの説教と宗像への説教、どちらを優先すべきか頭を悩ませた。

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