なまえは、代わり映えのない通路を歩く。
―――通路だ。学園の廊下とは違う。
何の特徴も、目印もない。
そこを、"2人"で歩いていた。
なまえはその"もう1人"の人物の後ろを歩く。
―――糸島軍規。
そう、なまえの前の青年は門番たちに名乗っていた。
この地下の門番をしている2人だ。
・・・・・・・・・・・
そんなことは知っている。
問題は、異常はそこではない。
『何故拒絶の扉が開いたのか』――――2人の驚きは、そこにある。
しかし勿論、『拒絶の扉』などという大それた名が付いていたところで扉は扉だ。外側から開くのなら、内側からも開くだろう―――2人は、この扉を開けたのが名字なまえの何度目かの挑戦アブノーマルではなく、糸島軍規の異常アブノーマルだと悟った。
扉は1度に1人しか通れない。そして、外に出ようとしていた糸島は外へ出ず、なまえの目の前を歩いている。
つまり、堂々地下に入ったなまえは、糸島の代わりに拒絶の扉を通過したに過ぎない。

「……さっきもここ通らなかった?」

「景色が同じだからそう見えるだけじゃないか?」

「そうかな…」

なまえは辺りを見回しながら不安そうな声を零すが、糸島は平然と足を進めている。
確かに景色は同じで目印もないので本当に通ったことのない道なのかもしれないと、なまえは特に反論はしなかった。

「……………………」

『まるで迷路だ』、となまえは昔読んだことのある絵本を思い出す。
そのときは生垣の迷路だったが、それに比べるとあまりに殺風景だ。
そんな同じ辺りを見回すことに飽きたのか、なまえは糸島の背中を見る。

「そういえば、名前を訊かなかったけど」

「……………誰のだ?」

「あなたの」

糸島の足が止まる。
なまえも、それに続いて足を止めた。
何の躊躇いもなく糸島はなまえを振り返り、笑みを送る。

「私は糸島軍規。仲良くしてね」

「……同姓同名?」

なまえは首を傾げた。
糸島は目を見開き、直後に顔を俯かせると後頭部に右手を当てる。

「いや、なんというか……はは」

乾いた笑いは、"糸島軍規"のものではない。

 ・・・・・・・
「気付いてたのか」

バサッ、と糸島の着ている大きめの和服が音を鳴らす。
それがなまえと"彼"の視界を数秒遮り。
そして、見覚えのある姿がなまえの目の前に現れた。

「やあ。さっきぶり」

そう片手をあげて挨拶をしたのは、仮面をかぶった少年だった。
なまえは特に驚いた様子もなく、少し不満そうに口を開く。

「……気付いてたのに無視したの?」

「いやあ、だって、もし僕があそこで返事を返したら君はここまで来なかっただろう?」

仮面の下で、どちらとも言えないような声が笑う。
最早糸島軍規の面影は無い。

「ボクは行橋未造。三年十三組の『異常アブノーマル』だよ」

えへへへ、と無邪気な子供のように笑う行橋。
しかしその仮面は、当たり前だが表情は一切変わらない。

「ああでも勘違いするなよ、変身は普通の特技であってボクが誇るボクの異常アブノーマルってわけじゃない」

「……どうして軍規に?」

「君が一番警戒しないのが彼だと思ったんだ」

友達なんだろ?、と行橋は少し馬鹿にしたようにその単語を口にした。

「……………………」

行橋未造は名字なまえを観察する。
本来ならそんな必要は無い―――それでも、行橋はそうせざるを得なかった。
『生まれてくる時代を間違えた異常者アブノーマル』―――思えば、これほど行橋未造に似合うフレーズも珍しい。

「(人の心を読む…)」

それが、行橋未造の生まれつき抱える異常アブノーマルだった。
厳密にいえば『心を読む』のではなく『思考を読む』のである。
脳髄及び神経が活動する際に電気信号が流れる。その時発される体外に漏れ出た電磁波を行橋は皮膚で受信するのだ。
だから『テレパシー』というのとは少し違う。
その異常性アブノーマルは、人間よりもむしろ電磁波の塊である精密機械を相手取ってこそ発揮できる才能なのだから。
あるがままの生身でアンテナのごとく敏感に電磁波を受け取れる行橋は、いわば人間が機械に匹敵しうる可能性なのだ。

「(三年十三組、名字なまえ…ボクは彼女の異常アブノーマルを知らない)」

そしてなまえも、行橋の異常アブノーマルを知らない。

「(だけど……これは)」

行橋未造は。
人心のみならずラジオや携帯電話の電波さえ受け付けてしまうほどのそれであろうとも、幸運にも―――不幸にも、そんな悪夢のような環境に耐えうるだけの屈強な精神力を持ち合わせている行橋未造は。

「でもよく私がここに来るって思ったね。もしかしたら来なかったのかもしれないし」

「……そのときはそのときだよ。また別の機会にアタックをかけたさ」

どうしようもない"居心地の悪さ"を感じていた。
行橋未造は去年#なまえと会話を交わす前から#なまえのことを知っていた。
それでも関わろうとはしなかった。
去年のあれは仕方の無かったことだ。ああでもしなければ"黒神真黒"の二の舞になると、それを回避しただけだ。
それにあのときは他の誰かがいた。風紀委員長でも、他の十三組アブノーマルでも、剣道部ノーマルでもなんでもいい。

「えっと…今更だけど、私に何か用かな?」

「……キミに会わせたい人がいるんだ。大丈夫、キミも知ってる人だよ」

行橋未造は、そんな自分の心を見透かされないよう、仮面の下で造り笑った。

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