「俺だよ鍋島先輩。こんなところで会うなんて奇遇だな」

「…………いや、初対面やろ?」

名前を言い当てられた猫美は不思議そうに首を傾げる。
屋久島も、一体誰だろうとその声の主を見下ろしていた。
なんともガーリーな洋服に身を包み―――包帯で顔を包み。
しかもその頭に包丁が刺さっているというのだから、そんな人物はいくら箱庭学園と言えども一人しかいない。
一年十一組―――名瀬夭歌。

「名瀬ちゃん」

「……あー、もしかして、なまえが前に言っとった包帯ぐるぐる巻きの子ってこん子か?」

「うん」

十一組というのだから勿論、クラスメイトである種子島は名瀬のことを知っているはずだ。
ふとなまえが種子島の方へ視線を動かすと、そこにはなまえに対するものよりも圧倒的な拒絶の表情を浮かべた種子島が存在していた。

「そんじゃ、俺たちは準備があるから…」

「待て……"待って下さい"よ屋久島先輩」

そして名瀬は、屋久島の名すら言い当てる。
しかし屋久島も猫美も、そのことに関しては特に驚いてはいなかった。
どちらも高校生をやっているとはいえ、"普通"ではないのだ。
自分たちの名が世間に広まっていることくらい認識しているし、知らない相手から名を呼ばれることなどいつも通りのことである。

「別に今日は名字先輩に用があるとか、そういうんじゃねーんだわ」

「ふぅん?じゃあ、一体何の用だ?」

「種子島くんに挨拶をと思ってね」

「……は?」

準備をしに更衣室へ行こうとする屋久島の後に続こうとしていた種子島だが、不意に名前を呼ばれて振り返る。
名瀬は相変わらず無表情だったが、どこか目の奥は笑っているような気がした。

「(あのときも………)」

自分になまえについて訊いてきたときもそうだった、と種子島の眉間に皺が寄る。
あのときは名瀬は笑みを浮かべていたが、種子島がそのとき以外に名瀬の笑みを見たことはない。
見る機会も当分ないだろうと思っていたが―――こうも早く機会が訪れるとは。

「まあ新学期まで内緒にしようと思ってたわけだけどよ、俺は来年から十三組になるのさ」

「ジュウサン……?」

名瀬の言葉に反応したのは、種子島の数歩先に居る屋久島だった。
十一組から十三組へのクラス移動。
普通組でない限り、クラス替えなどは起こらない。特例である十組から十二組ですら、卒業まで同じメンバーである(勿論生徒会などに追い出されなければの話だが)。
屋久島は知らないが十三組への転校生というだけで今年は珍しいというのに―――クラス移動など。しかも、よりによって、"十三組"。

「寂しくなるねぇ種子島くん」

「馬鹿言え。テメーは元々そっちのクラスだろ」

しかし種子島に驚いた様子は無かった。
否、流石に名瀬の口からクラス変更のことを聞いたときは驚いているようだったが、そのような結果もおかしくないと、名瀬に言葉を投げ捨てる。

「っつーことだ。ま、名字先輩もよろしくな。登校義務が免除されっからもう授業は受けねぇだろうけど」

「雲仙くんがいるのに?」

「余計にお断りだよ」

じゃあな、と言って名瀬はそのままくるりと背中を向けてプールサイドから去っていく。
本当に用事はそれだけだったのか、と鍋島と屋久島は互いに顔を見合わせた。

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