建物の中にある箱庭学園のプールは、やはりとも言うべきかかなり大きいモノである。
高校生用ともあって深さもかなりあり(勿論浅い場所もある)、誤って誰かが落ちないよう文化祭時のみプールの周りに仕切りが置かれていた。
「早めに来て正解やったな」
がやがやと他の学生で賑わうそこは、プールサイドともあって外よりも彼らの声が反響している。
観客席として使われるそこは、まだ埋まり切ってはいないものの最前列などは埋まってしまっていた。
「まだ時間には早いのに凄い人だね」
「箱庭学園の部活動はプロも注目するレベルやからな。それに、今年は屋久島クンに加えて種子島クンもおるし」
「へえ。二人とも有名なんだ」
「あらゆる高校生大会の金メダリストやで…」
まあなまえがそれを知らないのもある程度予想はしていたので、鍋島は深く突っ込むことなく足を進める。
その足は躊躇なく関係者ゾーンに向かっていて、すぐ近くに居た学生達は何事かと鍋島の方を向く。
しかし、屋久島や種子島同様、鍋島も有名だ。
彼らは鍋島となまえを止めることなく、関係者ゾーンへ見送る。
「…………………あ」
「…?」
なまえは小さく零れた声を聞き逃さなかった。
一体何だろうと顔だけでそちらを向く。
「あ」
「ん?どないしたん」
「種子島くん」
バッチリ目が合った先に、競泳部一年の種子島率が立っていた。
プールサイドに忘れ物でもしたのか手ぶらで現れた種子島がなまえを見つけたのが先。
彼の視線だけではなく他の生徒からの奇異の視線をなまえは大量に受けていたので、彼が声を出さなければなまえはそちらに種子島がいることなど気付かなかったというのに。
既に後悔しても遅かったが、種子島の表情はあからさまになまえを歓迎していなかった。
「…来てたんすか」
「うん。屋久島くんが出るって聞いたから」
「なんや。いつの間に種子島くんと仲良うなってんねん」
「仲良く無いですよ」
「猫美ちゃんは種子島くんと知り合い?」
「んや。話には聞いとったけど初対面♪」
「………どうも」
種子島は複雑な表情を浮かべたままなまえと鍋島の相手をする。
思い出されるはなまえとこのプールで勝負したときのこと。
あれは種子島の完全な勘違いだったが―――タイミングが違えば、プールでの勝負はなまえではなく鍋島だった可能性もあるのだ。
今考えてみればなんて愚かしいことをと後悔するが、今さら過去には戻れない。
「でもこっち、関係者エリアなんで」
「冷たいこと言うなや種子島クン。屋久島クンは出てこんの?」
「あー…さあ?ちょっとわかんないっす」
種子島は鍋島のことを適当にあしらっていたがそれを隠そうともせず、また、鍋島もそんな種子島に気付かないふりをしていた。
しかし種子島も譲るつもりはないらしい。
なまえたちが屋久島にとっての足枷という誤解はプールの件で解けたものの、種子島はまだどこかで屋久島に近づけたくないと思っている。
それは仲間への心配か、なまえへの警戒か。
「何してんだ種子島…って、名字と鍋島か」
「おっ、噂をすれば、やな」
ペタペタと裸足でプールサイドを歩いてこちらへやってきたのは、話の中心である屋久島本人だった。
すると今までの雰囲気が嘘のように種子島は屋久島へ振り返り、「お疲れ様です」と声をかける。
屋久島もそんな種子島の元気に笑みを零した。
「早いな。まだ時間まで30分くらいあるぞ」
「まあそれだけ期待しとるっちゅーことや」
「おいおい」
やめてくれよとでも言いたげな屋久島だったが、見に来てくれたことは嬉しいのか続きを言わず笑みを零してその話を終わる。
屋久島も種子島もまだ体育着姿だったが、これから着替えるのだろう。
「にしても夏に名字の私服はよく見てたが鍋島の私服は見慣れないな」
「うちも屋久島クンの体育着姿はあんま見慣れんわ」
「同じクラスなのに?」
「そいつのイメージってのがあるんだよ。でもま、名字は制服のイメージの方が強いな」
ふと、鍋島の視線が種子島へうつる。
屋久島がいる手前あまり表情には出していないものの、"二年生"の話に入れないというのは少し退屈そうだった。
鍋島はそんな種子島のことを考えてか、はたまた少しでも暇つぶしをと考えた結果か、ゆっくりと口を開く。
「っちゅうか種子島クン、なまえを見てなんか言うこと無いんか?」
「え?なんすか…??」
突然何を言い出すんだ、と種子島が目を丸くする。
その後鍋島の隣に立つなまえをまじまじと観察したが、一体どんな答えを求めているのかが予想もつかない。
そんな鍋島が浮かべる笑みは深い笑みと言うよりは、何かを楽しんでいるような笑み。
自分がからかわれているのだとすぐに気付けない種子島は本気で困惑しているようだったので、助け舟だとでもいうように困惑の原因である鍋島自身が方を竦めた。
「全く、近頃の若者はなっとらんな。屋久島くん、正解を言ったげてぇや」
「え、俺が?」
「当たり前やろ。見本を見せるのが先輩っちゅうもんや」
「あー…そうだな……名字、その服いくらしたんだ?」
「なんでやねん!」
本気の突っ込みが出てしまったとでもいうように、鍋島は勢い良く屋久島の発言に食って掛かる。
確かに屋久島は冗談で言っているが、本当に鍋島が求めている答えがわからなかったようで、その鍋島の反応に苦笑いを浮かべていた。
はあ、と盛大にため息をついたのは鍋島猫美。
「どいつもこいつも…しゃーない。うちが正解を教えたる。こういうときは、」
「名字先輩。その服、よく似合ってるな」
「そうそう、そう言うんやで……って、今の誰や?」