箱庭学園文化祭。
この日に限り、普段禁じられている私服での登校が全校生徒に許されている。
学園警察、ならびに風紀委員会が活動を縮小する唯一の日。
バカ騒ぎとおふざけが許される、年に一度のお祭りというわけだが、私服のヤバさがバレてしまうリスクも孕んだ恐ろしい日である。
といっても、そんなヤバい私服を着てくる本人は、"ヤバい"のを自覚していないのだが。

「凄い数の人…」

「そりゃそうやろ。学園の生徒だけでかなりの大人数やのに、外部からもぎょーさん人が来るからな」

二年十三組名字なまえ。そして、二年十一組鍋島猫美。
二人とも普段とはまるで違う雰囲気の学園の仲を歩きながら、辺りをキョロキョロと見渡していた。

「猫美ちゃんのクラスは何かやるの?」

「いや。皆自分たちの部活の出し物で手一杯やからな。それにクラス単位での出し物は普通組ノーマルしか基本的にせえへんで」

まだ昼前だ。特にお腹も空いていないし、何を見て回ろうかと鍋島は事前に配られていたパンフレットを広げる。
なまえも横からそれを覗き込むが、基本的に鍋島に任せているようですぐにどこからか聞こえる客引きの声に気を取られていた。

「あ」

「ん?なんか面白そうなもんでもあったか?」

「ううん。ほら、あそこ」

学園祭当日は制服でなく私服の着用が余儀なくされる。
なので普段見れない生徒たちの私服を見られる数少ない機会なのだが、普段と違うものを身にまとっているとすぐに誰かが判断出来ない時もあったりする。
鍋島はなまえが指差した方向を見たものの、一瞬、なまえが何を指しているのかがわからなかった。

「…あ」

そして、あちらが視線に気付いたのか、ふいっとこちらを向く。

「………………………」

「………………………」

鍋島は笑顔(半分苦笑いだったが)を浮かべて手を振るが、相手は軽く頭を下げて人込みの中に姿を消してしまった。

「あちゃー…嫌われとるわ」

そう、左右に振っていた手を後頭部に持って行き、鍋島は乾いた笑いを零す。
眼鏡をかけ、知的な雰囲気を纏う彼女は、前になまえたちへ呼子笛と名乗った。
風紀委員である彼女も勿論私服であったが風紀委員として学園内を見回っているらしく、先程も風紀委員であろう男子生徒とすれ違ったことを思い出す。

「何かしたの?」

「何かって…まあ、何かせんとウチ縛り首にされるところやったしな」

そう、二年十三組でのことを思い出し、鍋島は周りに聞こえないよう静かに息を吐いた。

「それより、ほら、あの剣道部の奴らって何組なんや?どうせならそこ行こうや」

「えっと確か、去年は二組」

「一年前の情報ありがとさん……」

呆れつつ、鍋島はパンフレットは意味が無いと判断したのか再び鞄の中へしまった。
学園内は広い。しかし、学園祭はまだ始まったばかりである。
適当に歩けばお腹も空くだろうし、何か楽しい催し物もあるだろう。
鍋島が歩き出すと、なまえも慌てて足を踏み出し、鍋島の横へと並んだ。

「ちゅうか、ウチと学園祭回るんで良かったんか?」

「うん。猫美ちゃん以外はみんな忙しそうだったから」

「失敬なやっちゃな。柔道部も一応出し物あるんやで」

賑やかな学園祭である。
学生服で無い顔も知らない生徒とすれ違ったところで、彼らがどこの誰かなど鍋島もなまえもわからない。
しかし―――別格とも言うべきか。
こちらとすれ違う生徒は皆、なまえが"ジュウサン"であることを見抜いているようだった。
というよりも、"登校してきているジュウサン"として"知っている"というのが正確だろう。
そして、その隣に居る鍋島もまた"普通"ではない。
ジュウサンとはまた違った、言い方を変えてしまえば"良い方"で有名な鍋島も、一般生徒や外部の人間から注目を集めていた。
だがジュウサンが横にいるからか、それとも学園祭だからか、そんな鍋島に声をかける者はいない。

「じゃあ、そうだね。競泳部のところにでも行こう」

「ああ。時間にはちょっと早いかもしれんがそれでええか」


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