その言葉が絶対であることは、この場にいるほとんどの人間が知っていた。
身を持って体感した者もいれば、それを見ていた者もいる。
彼の言葉から逃れる術は無い。たとえ耳が聞こえなかったとしても、王の言葉は絶対である。

「んだよ、これ……」

箱庭学園現生徒会長日之影空洞。
箱庭学園現風紀委員長雲仙冥利。
二人はその言葉通り―――自分の意思とは関係なく、冷たい地面の上に跪いていた。
困惑に声を零したのは雲仙。得体のしれない重圧と、自分がした行動について理解が及んでいない。
逆に、日之影は勿論自分の意思でそうなったわけではないがどうやら色々と理解はしているようで、冷静に言葉の重圧が解かれるのを待っていた。

「やっと来たか」

「何を言っている。俺は好きな時に来て好きな時に帰るぞ」

高千穂のため息交じりの言葉に反応したのは、箱庭学園二年十三組、都城王土。
授業には出ていない、というかそもそも教室がある校舎へ行かない都城がそれでも何故かこの学園に登校してきているという事実。
それについて今この場で疑問を抱くのは風紀委員長である雲仙冥利―――そして、"計画"に参加していないなまえの二人だけである。
一年間生徒会長をやってきた日之影空洞は、彼らについてもよく知っていた。生徒でありクラスメイトであり、"フラスコ計画"の参加者であることを。

「……都城王土」

「確かに。俺は都城王土だ。俺の名を知っているとは流石生徒会長、と褒めてやりたいところだが…」

王土の視線が、ジロリと動く。
王土は丁度時計塔を背にしていて、その場にいる全員を見渡せる位置に君臨していた。
軍規を庇うようにしているなまえへ視線を移し、何も言わず再び日之影を見る。

「生憎そいつは俺の遊び相手でな。いくら生徒会長とはいえ、手を出すことは良しとしない」

「……都城。俺は名字でなく、後ろに居る糸島に用があるんだ」

勘違いはよしてくれ、と日之影は膝についた土を手で払う素振りを見せた。

「…ほう?裏の六人プラスシックスに用があるとは随分物好きだな、生徒会長というのは」

「好きで用があるわけじゃない。…まあ、仕事は好きだから生徒会長をやっているわけだが」

「ふむ。そうか。ちなみに私はお前たちのことはよく知らないから好きとかそういうのはまだわからんな」

突然話に割って入ってきた(というか実際話題の中心人物なのだが)軍規に、「聞いてない」とツッコミを入れる人物もおらず、全員の視線が軍規へ向く。
なまえも軍規の前からどき、時計塔を前にする形で方向転換をすると日之影、王土、軍規と視線を動かした。

「で?生徒会長。これからどうするつもりだ?生徒会長というのだから、俺にその答えを教えてもいいぞ」

「……どうもこうも、俺がすることは1つだ都城。"悪"はこの学園から追放する」

「………この俺でも生徒会長がここまで怒っているのは見たことが無いな。裏の六人プラスシックス、貴様一体何をした」

「さあ?うーん、しかし、一体何の話だったか」

どうにもこうにも話が進まないことを悟ったのか、王土はポーズを変えないまま視線だけをなまえへと動かす。

「この俺に説明をしても良いぞ」

「え?時計塔が爆発したみたいだよ」

「見ればわかる」

「…ったく十三組ってのはどうしてこうなんだ?もっとちゃんとしてる奴はいねーのかよ。って、ジュウサンにそんな奴いるわけねーか」

ずっと黙って聞いていた雲仙が、ふと口を挟んだ。
余裕があるのか自暴自棄なのかその口元には笑みが浮かんでいたが、どうやら軍規のことを諦めた様子ではないらしい。
その手は戦闘態勢に入っており、得体の知れない二年生が何人もいるとはいえ風紀委員長としては何もせずにはいられないのだろう。

「その"時計塔の爆発"ってのが糸島軍規のせいだと、俺たちは思ってるわけさ」

"俺たち"というワードには、生徒会長である日之影も含まれていた。
証拠は無い。しかしあのタイミングで偶然に軍規の思惑通り風紀が乱れるようなことが起きたのだ。疑わないでいるほうがおかしい。

「まさか糸島お前…」

「…確かに彼がよくいる九階と二階は悲惨なことになっていた。エレベーターも壊れていたようだし」

その疑惑は初耳だと高千穂と宗像は少しだけ驚く。
地下一階にエリアを持つ高千穂と違い、地下九階にいた宗像には九階と二階を見る余裕があった。
宗像自身に怪我は無いものの、時計塔の屋上のような煙が蔓延してきたため宗像は地上に出てきたのである。

「ふぅん…なるほど。そういうことか。御苦労だったな生徒会長」

物事は何も解決してはいない。
しかし、何かを納得したかのように都城は首を縦に振った。
そんな反応に、日之影は眉間に皺を寄せる。

「悪いが都城。俺の仕事はまだ終わってない」

「仕事?仕事というとこの爆発の犯人探しか?」

今まで散々その話をしてきただろう、と日之影は眉間に皺を寄せながら首を縦に振る。

「残念だが生徒会長。これは既に生徒会の仕事の範囲ではないだろう」

「…どういう意味だ?」

王土は、日之影に質問して良い許可を与えたつもりは無い。
しかし相手が生徒会長だからか―――はたまた都城の目に適った人間だからか、王土はそれに対して何も言わなかった。
答えてやるのも王の務めだとばかりに口元に笑みを携えたまま静かに口を開く。

「犯人は『俺』だよ。生徒会長」

ズン、と空気が一気に重くなる。
日之影の巨体すらも、都城の雰囲気にのまれてしまうかのように、それは強く彼らの身体に圧し掛かった。
『俺』という―――『王』という存在。
周りのどんなモノすらも、その存在に霞んでしまうようなそれ。

「『俺』……そんな、お前がどうやって」

爆発しろとでも命じたのかと問おうとするが、"王"の言葉はそんなに万能ではない。
それこそ宗像や雲仙が言った通り、『一般人にも作れる爆弾』を作って設置しない限り、王土の言葉アブノーマルではそんなことは無理なのだ。
この場に王土の異常アブノーマルを知る者はいない。それでも、誰も(それすらも興味の無い軍規がどうだかはわからない)があの爆発は彼では無いと知っている。
それでもなお、自分を主張した理由とは。

「さあ…しかし王ともなればあんな塔を爆発させるのは容易いことだろう。しかし貴様も知っての通り、俺は"計画"の要だ。追い出したとなれば、理事長がどんな反応をするだろうか」

「………それは脅しか?」

「それ以外に聞こえるのか?」

箱庭学園理事長、不知火袴。
なまえは理事長とは入学の際に一度会ったきりで、それ以来全校集会などで見かけはするが喋ったことは無かった。
計画―――王土が口走ったその言葉に、一体どんな意味があるというのだろう。どうしてそこで理事長の名が出てくるのだろう。
なまえはいまいち状況が理解出来なかった。一体水面下で、自分の知らないところで、彼らは何を探り合っているのか。

「…………………………」

日之影空洞は返事を返さない。
一度目線を王土から軍規へと移したが、特に軍規へ何か言うつもりでも無かった。
相変わらずの威圧感と存在している王土に視線を戻し、慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。

「………そうだな。都城。特にお前のことは理事長から話を聞いている。椋枝先生も言っていたしな。それに、誰が犯人かはまだわからない」

日之影の答えは―――以上だった。
それだけである。箱庭学園を守るため生徒会を執行するでもなく、自分の意思で軍規を追い出すこともなく、王土へ反論するでもなく―――たったそれだけだった。

「おいおい……おいおいおいおい………生徒会長が脅しに屈してどーすんだ」

その反応こそが異常だと、雲仙は苛立つ衝動を抑えようと頭をかく。
しかし苛立ちはおさまらない。
生徒会を執行しないのなら――――風紀委員を執行するまで。

「…理事長から聞いてないのか?」

「聞いてない?何をだよ!理事長となんて喋ったこともねぇよ!あーくそ!!執行対象が多すぎんだよ!テメーらまとめて皆殺しにしてやるからそこになおれ!!!」

……そうは言うが。
生徒会長である日之影空洞は、既に生徒会の仕事を放棄していた。戦意を手放していた。
糸島軍規に対するものだけではない。風紀委員である雲仙についても、既に日之影は手を出そうとはしていなかった。
これからここで何が起ころうと。それは"計画"の範囲内であり、"生徒会"の仕事の範疇ではない。
それに手を出すなど、そんなものは正義でも何でもない。ただの暴力である。

「…雲仙。生徒会長として一言忠告してやろう。今ここでこいつらに手を出すのはお勧めしない」

「"下に就けども従わず"――それが俺達委員長の有り方だ」

雲仙が自分の忠告に従わないことは、言う前からわかっていた。
だから既に日之影は雲仙に背を向けている。
雲仙が日之影に攻撃しようとしたところで―――日之影が仕事を放棄した瞬間から、それはかなり遅い決断といえた。
振り上げた短い両腕が下ろされることはない。
驚きの表情を浮かべたのは、その場にいる全員。

「な……」

「消えた…?」

今まで目の前に存在していたはずの巨体が。どうやったって見つけてしまう圧倒的存在感が。
綺麗さっぱり、まるで最初からそこには何も無かったかのように消えていた。
よく目を凝らしたところで、気配を探ったところで、誰も彼を見つけられない。
これこそが、箱庭学園生徒会長―――日之影空洞の異常性アブノーマル

「日之影くん、」

誰も――――決して誰も、彼を覚えていることなど出来ない。
今にだって、この場に居る者達は彼の存在を覚えていられなくなる。
しかしなまえは歩き出そうとした。時計塔よりも、この場にいる誰よりも、クラスメイトである"彼"を気にかけた。
返事は無い。
それでも、なまえは歩き出そうとする。

「…どこへ行く?」

なまえは振り返る。彼らの目に、既に"彼"の記憶は無かった。
未だに続いている。彼らの中で、この問題は終わっていない。
雲仙の苛立ちはピークをとっくに超えていた。その苛立ちは執行対象者である軍規以外にも勿論向けられる。
しかし彼らは動じていなかった。当然だろう。彼らもまた、十三組アブノーマル

「……………………」

声をかけたのは、都城王土。
なまえはそんな王土をじっと見上げた。
王土の顔には笑みが浮かんでいたが、目は真剣そのもので。
何かを考える素振りを見せるが、『俺』という存在が強すぎて、何を考えているかがわからない。

「"計画"についてだが」

「!おい、何を」

王土が口を開いた瞬間、驚いたように反応したのは高千穂である。
しかし王土はそんな高千穂の反応を気にかけてすらいなかった。
無表情ではあるが、宗像も意識を雲仙から王土へ移動させている。

「知りたいか?それなら、俺についてくることを許そう」

「"計画"……?」

「さっきから、何なんだよそれは」

「風紀委員長、だったか。そう焦らなくとも貴様なら知る日は来るだろう。今はそいつに用がある」

高千穂は視線を王土からなまえへと動かす。
"計画"―――なまえもまた、その計画に参加するはずだった。しかし彼女は"合格"しなかった。
理事長には何か考えがあるのだろう。しかし、高千穂には良くわからなかった。宗像も勿論わかっていなかったし、軍規に限っては興味があるのかすらもわからない。
彼女は――――なまえは知っているのだろうか。"計画"というものが何なのかを。そもそも、"計画"というものが存在することを。

「私は…」

なまえが静かに口を開いた。
王土は返事も待たず、くるりとなまえへ背を向ける。
歩き出す歩幅は大きく、歩く速さをなまえに合わせる気はないようだ。
なまえは一歩前へ踏み出し、それから少し考えたあと、くるりと彼らに背を向ける。

「ごめん。私、行かなきゃ」

どこへ行くのか。誰の元へ行くのか。
"知られざる英雄"を覚えていられない彼らに、なまえの行き先などわかるはずもなかった。

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