しかし―――まさか。
彼らが覚えていないとはいえ、まさか先程風紀委員長に口出しをした"彼"がこのまま黙っているはずは無いのだ。

「やめろ雲仙。それは、俺の仕事だ」

そう、雲仙の攻撃を全て自分の身体で受け止めたのは誰か。
力を力でねじ伏せる、その巨大な身体と圧倒的な存在感。
こんなもの――――忘れられるわけがない。
それなのに彼らは覚えていなかった。
覚えていることが出来なかった。
故に、彼はこの学園で、生徒会長の座に存在することが出来る。

「日之影―――――!」

雲仙は思い出した。同時に、戦慄した。
覚えていられないことも思い出した。しかし、つい先程会話をしたというのに、すっかり忘れていた。
こんな―――こんな存在を。こんな存在を覚えられないというのか。この自分が。
攻撃を受けた日之影が一切たじろいでいないことではない。雲仙はそんな日之影の存在に、自身の下唇を強く噛む。

「……久しぶりだな日之影」

「ああ。そうだな。高千穂。宗像も」

勿論、二人とも日之影のことを覚えてなどいなかった。
しかし彼の姿を認識すれば、忘れた過去も思い出す。"覚えている"ことを"思い出す"。
本能での記録拒否。圧倒的威圧感の前に、誰もが覚えることを否定する。

「先程ぶりだな生徒会長」

軍規はそう、日之影の背中へ声をかけた。
日之影が現われなかったら自分も、そして近くにいたなまえまでもがその攻撃の犠牲になっていたというのに、軍規は道端で偶然出会ったかのような軽い様子でいる。
軍規のその様子に、日之影はもうなんとも思っていなかった。
今までにも十三組には色々や奴がいた。学園から追い出した奴は自分のことを覚えていないだろう。しかし自分だって、たくさんいる追いだした奴のことなど覚えていない。

「糸島…もしこの一件がお前のせいだというなら、俺は生徒会長としてお前を追い出さなくてはならない」

「そうか。大変だな」

日之影は平然と雲仙に背を向ける。
しかし雲仙も日之影に再度攻撃を仕掛けようとは思わなかった。
そうでなくとも、既に二回。日之影に攻撃は防がれてしまっている。
そういえば剣道場で軍規に攻撃を避けられたことを思い出し、雲仙の眉間に皺が寄った。

「ああ。だからこれから執行されるのは風紀委員会ではなく、生徒会だ」

瞬間。
何の前触れも無く、日之影が地面を蹴る。
高千穂や宗像のように速いわけではない。雲仙のように見えない攻撃というわけでもない。
それでも日之影の攻撃は力強く、人を人とは思わない。
しかし―――軍規は無事だった。
日之影の拳は、身体は、軍規の数歩手前で止まっている。
日之影はじっと軍規を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「……そこをどけ。名字」

日之影の拳の少し先。
怯える表情も浮かべずなんの恐怖も纏わず、名字なまえがそこにいた。
まるで糸島軍規を庇うように。
その行動に、雲仙は驚いたように目を見開く。軍規も、少しばかり驚いたような表情を浮かべていた。
しかし、高千穂や宗像は表情を変えていない。

「ダメだよ日之影くん。軍規はクラスメイトだよ」

「ならクラスメイトじゃなきゃ殴っていいのか?」

「それは、まあ、生徒会の仕事だから私はわからないけど」

そういうことを言いたいんじゃない、となまえは首を横に振る。
日之影は既に拳を下げていたが、なまえは軍規の前からどこうとはしない。

「軍規は私の友達だから」

「理由になってない。お前の友達だったら校舎を破壊してもいいのか?」

「ダメだけど…そうじゃなくて、友達が殴られてるのは見たくない」

「ならお前はもう帰れ。あとは生徒会の仕事だ」

まるで違う。普段教室で過ごしている彼とは。
これが"生徒会"である日之影空洞の仕事。
なまえに日之影が説得できるはずもない。
どうしたものかと思考を巡らせるが、軍規の前からどくという選択肢は存在しないようだった。
日之影もそれを見抜いていた。本来なら見抜きたくなどなかったが、これが生徒会としての仕事なのだから仕方が無い。

「……名字。出来ればしたくないが、糸島を庇うならお前も追い出さなくてはいけなくなる」

その言葉に、殺気が舞った。
それが誰のものかなど振り向かずともわかる―――宗像形は、動かずともこの空間を殺意で支配していた。
何も言わないが、高千穂も宗像と同じだろう。
"計画"のこともあるが、それ以上に、彼らの中でなまえという存在は無視できないものになっているのだ。
たとえ相手が生徒会長であれ、自分が動かない理由はない。

「日之影くんの殴りは強そうだもんね。きっと誰が殴られても痛い」

殴られたことの無いなまえでさえ、日之影の強さは雲仙の攻撃を受けた時点で理解していた。
そうだというのに、なまえは軍規の前に立つことに何の躊躇いもなかった。
日之影だから寸前で止めてくれると信じたのか――――それとも。

「そうか。残念だ」

躊躇いはあった。しかし、一年の頃から積み重なったなまえへの想いが、その躊躇いを遅らせた。
去年までいたあのクラスメイトの気持ちが、日之影には痛いほどわかる。
しかしそれだけではない。
雲仙もいずれきっと、彼のような、自分のような気持ちになる。
それによって去年のような事態が引き起こされてしまうのならば―――いっそここで退場したほうが、彼女にとって良いことではないのだろうか。
日之影は再び拳を振り上げた。
今度は誰よりも早かった。宗像の殺意よりも、高千穂の反射よりも、そして軍規の異常よりも。
しかし―――

【跪け】

―――言葉よりは、はるかに遅い。


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