なまえは、視線を時計塔から雲仙へと戻す。
雲仙は怪訝な表情を浮かべていたが、ふと気になり仮面をつけた少年の方を見たが既にそこに少年はいなかった。
いつの間に、と思ったがジュウサンのことにいちいち驚いていられない、と雲仙もなまえがへと視線を戻す。

「ダメ人間くん。一緒に行こう」

「だからダメ人間じゃねえって……って、なんで俺とお前が一緒に行かなきゃなんねーんだよ」

「風紀委員も行った方が良いんでしょ?」

「そっちの奴はどうするつもりだ?」

そっちの奴、と雲仙は軍規を指差す。
軍規は後輩の、しかもかなり年下の雲仙に指をさされてもなんとも思っていないようで、相変わらずの笑みを浮かべていた。
なまえは視線を雲仙から隣の軍規へと顔ごと動かす。

「え?軍規は帰るんじゃないの?」

「そのつもりだが、なまえが行くなら私も行こうかな」

「なにその女子みたいなノリ……」

「この前読んだ漫画であったんだ。ちなみに行き先はトイレで…」

女子みたいなノリ、というが、なまえ自身このノリを使ったことはない。
中学の頃クラスメイトがそんなことをしていたのを思い出しただけである。
軍規は軍規で違う話を広げようとしており、雲仙はいい加減苛立ってしかたないその存在を先に消そうかと指先で戦意を転がした。
しかしその戦意が放たれる前に、先程門司たちが入った剣道場の扉が開く。

「…なんで俺達剣道場に戻ったんだ?」

「鞄取りにきたんじゃねえの?ほら、ヤバイ風紀委員長から逃げようとして」

かろうじて未だ日之影の存在を覚えている雲仙は改めて生徒会長の異常さを認識する。
彼が何をしても彼に何をされても、恐ろしいほどに覚えていられない。
使いようによっては、この学園を支配することも出来るだろう。

「なまえお前、鞄どこだ?」

「えっと…壊れてなければ教室」

「どうする?一回取りに行くか?」

「明日取ればいいだろ!今は逃げるぞ!!」

壊れてなければという言葉に門司たちは少し引っかかったが、今はそれどころではないと剣道場の階段を慌てて降りた。
なまえも、剣道場の階段の方に駆け足で寄って行く。
しかし、なまえが向かったのは門司たちの場所ではない。

「ごめんね門司!また今度!」

「なまえ!?」

「なっ、おい!」

なまえは、門司たちに手を振ると別の方角へ走り出した。
―――雲仙の腕を握りしめて。

「何しやがる!」

「行くんじゃないの?」

「自分で歩けるしテメェとなんて一緒に行くか!離せ!!」

当然、腕を引っ張られた雲仙はなまえと同じ速さで走らなくてはいけなくなる。
なまえのその手から逃れようと雲仙は腕に力を込めるが、この場合、男と女以前に高校生と子供である。
いくらなまえがひ弱といえ、雲仙の力では振りほどくことが出来なかった。

「なまえ。私とは手を繋いでくれないのか?」

「ついて来れてるから大丈夫でしょ?」

「つれないな」

「離せつってんのが聞こえねぇのか!!」

なまえの隣で走っている軍規は随分余裕であるし、手足のリーチがなまえよりも短い雲仙も余裕でついて来れている。

「仕方ないから私たちで手をつなぐか」

「繋がねえよ気色悪いな!!」

そんな言い合いをしていると、なまえの遅い足でも時計塔の下へ到着した。
焦げ臭いそれは、やはり時計塔が原因のよう。
空へ昇って行く黒い煙がその異常を辺りへ知らせていた。
救急車などを呼ぶべきだと言った門司たちがそれについて忘れてしまったが、そうでなくともこれを見た誰かが通報するか先生達に知らせるだろう。
放っておけば自体は沈静化するのだ。しかし、生徒会長である彼がこんなものを放っておけるはずもない。

「ハッ、退学だけですみそうにもねえな。糸島軍規」

「ん?一体誰が退学するんだ?」

「テメェだよ」

雲仙は軍規を睨み、しかし口元には笑みを浮かべながら、ぼんやりとしているなまえの手を振り払った。
なまえももう雲仙を拘束するつもりは無いようで、その手はあっさり振りほどかれた。
雲仙は時計塔を睨むように見上げ、こう思う。
"風紀委員長である自分がなんとかしなければ"――――と。
彼は既に、先にこの場へ向かった"生徒会長"のことなど、忘れてしまっていた。

「うわーひでぇことになってんな」

そこに、声。
勿論生徒会長である彼がこのような言葉遣いをするはずもなく。そして、いくら言葉を発したからと言ってもし生徒会長であるなら雲仙たちが認識できるはずもなく。
故に、再び新たな登場人物。
と、いうよりも。

「あれ。名字じゃねえか。何してんだこんなところで」

「高千穂くん」

彼の方が元々現場に近いところにいたのだから、この場合新たな登場人物はなまえたちの方を指すのが正しいだろう。
高千穂の名を呼んだなまえはその後ろに宗像がいるのを見つけ、彼の名も呼んだ。
宗像は視線を一度なまえへ流したが、すぐに時計塔の上を見上げる。

「一体何があったんだ?突然爆発音のようなものがしてきてみたらこの有り様だ」

「運動の後に階段を駆け上がるのは結構キツイもんがあったな」

「駆け上がる?降りてきたんじゃなくて?」

「……………………」

宗像の状況説明を求める言葉のあとに、高千穂が冗談交じりに呟いた言葉。
それに首を傾げたのは雲仙でも軍規でもなく、なまえだった。
軍規は計画のメンバー。雲仙は風紀委員長。高千穂は問題ないと思いその言葉を口にしたわけだが。

「なんでこういうときだけ…」

「?」

変に鋭いなまえの勘に、高千穂は言葉を零しかけて首を横に振る。
自分の言い間違いとしてここは流しておこう、と視線を雲仙たちへ動かした。

「お前ら外にいたんだろ?何があったんだ?」

「ケッ、登校免除されてる貴重な十三組がこんなに揃い踏みとは盛り上がってきたじゃねえか」

雲仙が、数歩前へ出る。

「俺が風紀委員会を執行しようとしたら突然爆発したんだよ。突然だぜ?この学園に爆弾魔が逃げ込んだってんじゃねえなら、どう考えたって十三組の仕業だろ?」

「何故そう思う?簡単な爆弾なら普通ノーマルだって簡単に手に入れられるだろう」

「まあ今じゃネットで作り方が調べられちまうような時代だしなァ…だけどよ、お前ら。こいつの異常アブノーマルがどんなのか知らねぇのか?」

自身も十三組のくせに、雲仙は異様に十三組を目の敵にしていた。
それは個人的に恨みがあるとか、自分以外の十三組が嫌いだとかそういうことではない。
十三組アブノーマルは普通じゃない。
だからこそ、"普通"を。"日常"を彼らは脅かす。
ここが学園である限り、自分が風紀委員長である限り、そういう存在は断固として許してはならないと、雲仙は十三組アブノーマルながら異常アブノーマルな考えで普通ノーマルを守ろうと行動していた。

「知る知らない以前に、そいつは自分の異常アブノーマルを理解してない」

「理解してないんじゃねえ。"興味がねぇ"んだよコイツは」

軍規はその会話を勿論聞いている。
雲仙たちがしているのは自分に関係の無い話ではない。糸島軍規本人の話だ。
それなのにやはりどうしても、軍規は興味が無さそうだった。

「なるほど。どうやらこの一件は私のせいになっているのか」

「だからそう言ってんだろ」

「風紀委員長のお前が言うならそうなのかもしれないな」

―――認めた。わけではない。
しかし軍規はそれすらもどうでもいいかのように言葉を口にする。

「それで、もし私が時計塔を爆発させたのだとして、ならばどうする?雲仙」

軍規は笑みを浮かべている。
それが挑発の意味を含んでいないことを雲仙も知っていた。
この状況を楽しんでいるわけでもないだろう。そんなことすらも興味が無いように見える。
雲仙も笑みを浮かべていた。
それは挑発の意味もあるが見下している意味の方が強い。
学園の風紀を正すのが仕事だと、嫌いな人間のため正義を掲げて雲仙は口を開いた。

「決まってんだろ。やることは1つだ」

風紀委員会を、執行する。


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