「……………知り合いか?」

「うん。中学が同じだったんだ」

軍規となまえの会話に、少し遅れて日之影が口を挟む。
なまえの答えに日之影は「そうか」とだけ静かに答え、軍規の出方を伺った。
なまえとの久々の会話はひとまず終了した―――かに思えたが、軍規はそこを動こうとはしない。
一体なんだ、と軍規の存在を鬱陶しそうに気にかけたのは雲仙冥利。

「何してんだテメー。あいつらをここから遠ざけるんじゃなかったのか?」

「うん?そうして良いのか?」

「良いわけねぇだろ。だからテメーがあっちに行ったらまとめてぶっ殺すつもりだ」

ケケ、と短く笑う雲仙に門司たちは背筋がゾっとした。
まるで人間の表情ではない。あんな表情を浮かべる人間と、門司たちは今までに出会ったことがない。
それもそうだ。当たり前だ。それこそが"普通"であり"日常"であり"いつも通り"なのだ。
今ここに存在するのは"異常"であり"非日常"であり"いつもとは違う"のだ。
まるで漫画の中の世界だった。テレビの向こうの世界だった。
こんなことが現実で有り得るなど、門司達には信じ難い光景だった。

「なまえ、逃げるぞ」

「え?でも」

「あの雲仙とかいう奴、絶対ヤバイ奴だって。それに生徒会長だって、誰も敵いっこねえ」

なまえの一番近くにいた門司と宇佐が、小声でなまえに逃走をすすめる。
十三組の雰囲気に呑まれそうになりつつも冷静に物事を考えることが出来ているのは、一年前の出来事のおかげだろう。
感謝などしたくない思い出だが、背に腹は代えられない。
門司たちは校門までの最短ルートを頭の中に思い描き、今にも走り出そうとしていた。

「逃がすかよッ!!」

再び、雲仙の腕が動く。
目視できない攻撃が、今度こそ門司たちを貫く―――かと思われたが、まさかそれを許す生徒会長ではない。
目視出来るとか出来ないとか、そんなことは関係無しに、生徒会長である日之影空洞は、風紀委員長である雲仙冥利の攻撃を全て防いでいた。

「だーかーらー!なんで邪魔すんだ!そいつらは全員正真正銘の問題児だろうが!!あ!?」

「確かに剣道部の奴らは問題児かもな。だがそこは俺がやる。それに、風紀委員に"問題の無い十三組"を罰する権限はないはずだ」

「"問題のない"…"問題のない"、ねえ。そこが"問題"だろ生徒会長さんよぉ。何が"問題"か?人様に迷惑をかけたら"問題"か。学校の備品を壊したら"問題"か。煙草を吸ってたから、酒を飲んでたから"問題"か。そんな曖昧な文章で風紀を正せると思ってんのか?学園の平和?はっ、馬鹿馬鹿しい。十三組なんてもんは、俺を含めて全員が"そこにいるだけ"で"問題"なんだよ」

この少年は、幼いながらに何を知っているのだろう、と日之影は雲仙の言葉に口を開かなかった。
反論する気は元から無かった。既に1年、この学園で"十三組"に在席している日之影は、"十三組"が登校してきただけで生徒からの相談が増えたことを知っている。
そういう意味でも、彼らは―――自分たちは登校義務を免除されている。
雲仙冥利の言うことは最もだった。だから軍規もなまえも何も言わない。
そして、"十三組"という肩書を使い好き勝手していた門司たちも、言い返す言葉が見当たらなかった。
しかし――――それでも、日之影はなまえの前からどこうとはしない。

「はあ…?なんだよそれ。クラスメイトの友情ってやつか?それとも恋愛感情か?どっちにしろ、仕事に私情を挟んでんじゃねーよ」

酷くつまらなそうに、雲仙の表情が曇る。
そうは言うが、日之影には、雲仙こそ私情で風紀委員を執行しているように見えた。
彼の苛立ちはまるで―――一年前の彼が抱いていた感情のような。

「さっきから不思議に思っていたんだが」

ふと、第三者であるかの如く口を挟んだのは糸島軍規。
その顔には相変わらず笑みが浮かんでいたし、口調も軽いものである。
なまえとはまた違った空気の合わない雰囲気に、雲仙も会話を中断して後ろの軍規へ意識を向けた。

「私たちは仲間だろう?戦う必要なんてないんじゃないか?」

「はあ?」

軍規の言葉に、心の声を一番最初に出したのは雲仙だった。
雲仙の苛立ちと言う火に油を注ぐような発言に、目を丸くしたのは日之影だけではない。
その後ろで会話を聞いていた門司たちも、一体何の話だと少々混乱していた。

「誰と誰が仲間だよ。俺にとってお前たちは"十三組"とはいえ敵でしかねえ。問題児ジュウサン問題児ジュウサンらしく家で引き籠っていりゃあいいんだよ」

「そうか。まあ雲仙がそう言うなら一理あるのかもしれないな。しかし私としては友人であるなまえと戦いたくないが」

「はあ?なんでお前がアイツと戦うことになってんだよ。お前らの敵は俺だぞ」

「何故って雲仙。私たちは仲間だろ?」

「だからそれが意味わかんねえっつってんだろ」

軍規の押し付けがましい、それでいて思い込みの激しい会話に、雲仙は苛立ちよりも、軍規が何を考えているのかということに意識がいく。
何故今ここで、そういう話になったのか。
こいつは一体何を考え、何を企んでいるのか。
そして、この底が見えない、わけのわからない"異常"を相手に、自分自身で太刀打ちできるのかどうか。
無意識のうちにそんなことを考え、今まで"敵"だのなんだと言ってたが実際対してなんとも思っていなかった軍規を気付かぬうちに"敵"だと判断している自分がいることに気付き、雲仙は久々に背筋が凍った。

「言ってもわかってくれないのなら仕方ない」

「言ってもわからないのはそっちだろ」

雲仙は、既に軍規へ背を向けるのはやめていた。
日之影はそんな雲仙を不思議そうに見上げ、戦闘態勢をとく。
門司たちは今のうちだとなまえの手を取りこの場から逃げようと一歩踏み出して。

「雲仙は風紀委員とやらだったよな。ならば、ここより風紀が乱れればそちらへ行かなくていけないと思うのだがどうだろうか」

「は?おい、一体何の話を」

何の前触れも無く、大気をつんざくような爆音が、雲仙の言葉を遮るように響き渡った。


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