「あ?」

先に短く声を零したのはなまえ。
雲仙は、攻撃をし終わったあとにそのなまえの呟きに気付き、同じように短く声を零した。
そして―――ここにいる全員が、数秒遅れて、"彼"の存在を認識する。

「日之影くん」

「日之影?」

聞き覚えのない名前に、糸島だけが首を傾げた。
風紀委員長である雲仙は勿論、箱庭学園の二年生である門司たちも、彼のことは知っていた。
知ってはいたが―――今まで思い出せなかったのだ。
否。誰もがそのありすぎる存在感に、彼を"覚えている"ことができない。

「生徒会長―――!!!」

「なんでここに!?」

「つうかいつから!?」

門司たちは、実は"覚えてない"だけで、生徒会長である日之影空洞と会ったことが何度もあった。
それは自分たちが二年生になってからのことだったが、何度も殴り合いの喧嘩のようなことをしたというのに、今まで全く"覚えていなかった"ことに門司たちは驚きを隠せない。
それと同時に、生徒会長である日之影がなまえと同じクラスであることも思い出した。
これが―――ジュウサン。

「ケケケ…」

そう静かに笑いを零す雲仙は、日之影はまだ一言も声を発していないというのにゲラゲラと大声で笑い出す。
そんな雲仙に門司たちは恐怖を覚えるが、なまえも糸島も、この場にいる十三組は、ただ黙ってそんな雲仙を見ていた。

 ・・・・・・・・・
「ようやく思い出したぜ日之影空洞!俺はテメェに用があんだ!!」

バッ、と雲仙が袖をめくり、細い右腕を晒す。
そこにはなまえにこの前見せたような文字が書いてあり、『剣道部へ行け』と読めるそれを雲仙がチラリと見下ろした。

「テメェの存在を"覚えてること"ができねぇから随分と遠回りをしたが、これでようやく俺の努力が実を結んだってわけだ。今なら普通ノーマル どもの苦労がわかる気がするぜ」

雲仙冥利はそう言葉を吐き捨て、袖を元の長さに戻す。
いくら雲仙ほどの異常アブノーマル であろうとも、日之影の存在を自力で"見つけ"、"思い出す"ことは出来なかった。
書いたメモは意味がわからないと破り捨て、腕に書いたにも関わらず自分が何をしたいのかがわからないそれに振り回された雲仙。
そこに剣道部への苦情が入り、"まだ日之影の存在を覚えている間に"雲仙はあることを思いつく。

―――こちらから見つけられないのなら、あちらから声をかけてもらえばいい。

こうして策を練っている間に日之影の存在を覚えているもの、こちらから見つけようと思って見つけたわけではないのだ。
その方が確実だと、雲仙は日之影と同じクラスの女子生徒を思い出す。
名字なまえ。二年十三組に登校しているのは彼女だけだということを雲仙は知っていた。
そして、日之影と仲が良いということもまだ忘れていなかった。
つまり―――なまえですらもただの囮。
剣道部の良くない素行を粛清するため剣道部を襲えば、十中八九なまえは来るだろうと踏んでいて。
保険として呼子を十三組に行かせたのは正解だった。彼女がなまえに剣道場に行くようにそれとなく促すだけで良かった。しかし、呼子が"思い出す"ことは計算外だった。あそこでなまえが呼子にやられてしまえば、雲仙は本来の目的へと辿り浸けなかったのである。
しかし雲仙は知らないが、それも鍋島猫美の友情により、雲仙に良い方向へ働いた。
だが―――今こうなった結果が雲仙の願ったとおりであるということと、この状況が雲仙にとって良いかどうかは別問題である。

「何してんだ名字。こんなところで」

「話せば長くなるけど、最初のほうから言うと日之影くんの机は粉々になったよ」

「なんで最初から言おうとするんだ」

あと粉々ってどういうことだ、と日之影は雲仙の攻撃が当たったにも関わらず平然と存在していた。
そこに立っているのが当然だというのに、あまりにも自然ではない存在感。
門司たちが圧倒する中、日之影は雲仙に向き直る。

「俺に用があるならそう言えば済む話だろ。剣道部のことはまあ俺も手をやいてるが、なまえにまで攻撃しなくとも良かったはずだ」

「ケッ、テメェを探し出すのがどんだけ大変かわかってんのか?」

それに、と雲仙は笑みを深くする。
両者の身長差はとてつもないもので、雲仙はその威圧感にすら押しつぶされそうかと思われたが、相変わらずの人を見下すような目で、日之影を睨みあげていた。

「それによぉ―――俺は別にテメェと仲良く学園統率がしたいわけじゃねーんだよ。誰にも覚えてもらえない生徒会長なんて機能してねぇのと同じだ。だから、生徒会なんていうくだらねぇもんは、俺がここでぶっ潰しておこうと思ってよ」

「…………………………」

「生徒会が機能していることを"覚えてられない"から校則を破る奴がいる。他人に迷惑をかけるクズがいる。だから俺が粛清しようとしてやってんのに、いい所でテメェがいつも邪魔をする。あいつらはあれくらいやらないとわかんねぇんだよ」

そこの奴らみたいにな、と雲仙の視線が門司たちへと動く。
その視線に威圧されたものの、門司はなまえの前から動こうとはしなかった。

「それは違うな」

「は?」

「敵はこの学園からいなくなるべきなんだ。お前のようにただ粛清するだけじゃ生徒会の意味がない」

日之影が静かに口を開く。
なまえはこのとき初めて、純粋に日之影が"怖い"と感じた。
今まで同じクラスメイトとして過ごしてきたが、こうして日之影が"生徒会長"をしているのを見るのはそういえば初めてだったな、とその大きな背中を見上げる。

「俺は学園の平和を守るために学園の敵と戦ってる。むしろ邪魔をしてるのはお前のほうだ。雲仙」

生徒会長である日之影空洞は毎日戦いに明け暮れ、色んな敵をぶちのめして、色んな敵を学園から追い出してきた。
日之影空洞にとって彼らは始終何を考えているかわからない文字通りの敵であったし、彼らにとっての日之影空洞も始終似たり寄ったりなのだろう。
人を殴るコツは相手を人だと思わないこと。
人を蹴る時にはもちろん、道路を歩くように踏みしめろ。
それが日之影空洞―――現生徒会長。

「この先の話は俺達だけでいいだろ雲仙。一般生徒は帰宅の時間だ」

「問題のある剣道部と十三組二人に向かって"一般生徒"は無いんじゃねーの?それに、まとめて粛清するんだ。帰られるのは面倒なんだよ」

「…………糸島軍規だよな、お前」

「ん?ああ。そういえば私は糸島軍規だったな」

生徒会長である日之影は、全校生徒の顔と名前を覚えている。転校生である糸島の名も、事前に理事長か生徒会執行部顧問にでも聞いていたのだろう。フルネームで糸島の名を呼び、その笑みを見上げた。
名を呼ばれた糸島はというと、雲仙の後ろで日之影の登場を見下ろしながら自分は完全に第三者になっていると思っていたらしい。
日之影が呼んだのが自分だということに気付くのが遅れたとでもいうように、それでいてどうてもいいといった風に、日之影の問いに頷いた。

「…………………………」

日之影はそんな糸島を少し気味悪く思ったが、そういえば彼も十三組だったと、糸島をクラスメイトとして認識する。
なまえが外へ吹っ飛ばされたとき既にそこに日之影空洞はいて、二回目の雲仙の攻撃は全て彼が防ぎ、それと同時に日之影の存在になまえが気付き、そのあと全員が日之影の存在を思い出した。
糸島は日之影の存在を認識出来たわけではないが、"何か"が攻撃を防いだことは気付いていた。
そのことに雲仙も気付いたのだろう――しかし、それでも日之影の存在を"思い出す"ことは不可能。
そんな日之影のことを初めて記憶した糸島は未だ剣道場の前から動いていない。
日之影は雲仙を警戒しながらも、そんな糸島をじっと見上げた。

「転校早々手伝わせて悪いが、名字と剣道部員を校門まで連れて行ってくれないか?」

「別に私は構わないが、その前に一ついいか?」

「……?なんだ?」

日之影の頼みに嫌な顔一つせず、糸島は笑顔のまま疑問を投げかけた。
首をかしげる日之影から視線を動かし、その後ろにいる門司を見て、更にその後ろへ視線を動かして。

「久しぶりなまえ。変わってないな、髪型以外」

「…久しぶり軍規。変わってないね、髪型とか」

なまえと糸島は、久しぶりの再会を果たした。

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