雲仙冥利は、目の前の糸島をジロリと観察する。
明らかに制服ではないそれ。頭髪の色は地毛だろうか。破壊されかけた部屋を見ても、こちらの動揺を見ても、なんとも思っていないようなその表情。口元に浮かんでいる笑みは静かにこちらへ向けられていて。

「………ジュウサンか」

「ああ。そういえばクラスまでは言ってなかったな。私は二年十三組に転校してきた糸島軍規。仲良くしてね」

「一年十三組雲仙冥利だ。誰がテメーなんぞと仲良くするかよ」

転校生、という言葉にも引っかかる。
箱庭学園はマンモス校であり、転校生もそう珍しくは無い。
しかしこの場合、転校先のクラスが問題だった。
十三組に転校するほどの異常性―――その掴みどころのない雰囲気も相まって、気味が悪いと短く笑う。

「剣道部にジュウサンがいるなんて聞いてねえぞ」

「言ってもいなければ剣道部に入った覚えもないが」

「はあ?じゃあテメェ、なんでここにいるんだよ」

自分たちが普段過ごしていた剣道場に、見知らぬジュウサンが二人もいるという状況に、門司たちは唖然としていた。
登校義務を免除されているジュウサンを見ることですら滅多に無いというのに、自分たちがその渦中にいるという事実。
そして、渦中にいるにも関わらず、既にこうして蚊帳の外へ置かれてしまっているという現実。
何もかもが滅茶苦茶だった。

「昔からの友人を助けに来たはずなんだが、どうにも登場タイミングを間違ってしまったみたいでな」

「へえ、友達いなそうなツラしてんのに大変なこって。で?その友達っつう奴はどいつだ?」

ギロリ、と雲仙の大きい目が大きな敵意と共に門司たちへ向く。
相手は両手で数えられる歳の子供だというのに、門司たちはそんな雲仙に一瞬怯んだ。
そして、彼らが答えるまでもなく、糸島が口を開く。

「友人は女だぞ」

「ケッ、一丁前に色気づいてんじゃねーよ。なんならそいつも俺のハーレム要因に加えてやろうか?」

「にしし。それを見るのも面白そうだが、まあ無理だろうな」

くるりと、雲仙のほうを向いていた糸島が門司たちの方を向く。
まさか完全にこちらを振り返るとは思っていなかったので、何事だろうかと身構えた。
しかし勿論糸島に門司たちを攻撃する考えはなく、隙だらけのまま雲仙に背中を向けている。

「彼女は剣道部のマネージャーでもやってるのかと思ってな。他の女子に騙された部員にいじめられているマネージャーを助けるというのが王道なんだろう?」

「……な、何の話だ?」

「この場合なんて言えばいいんだったかな…とりあえず、あれだ。マネージャーをいじめるのは良くないぞ」

「いじめてねえよ…」

「ていうか剣道部にマネージャーなんかいる?俺初耳だけど」

「いねえだろ。活動もしてないのに」

糸島のわけのわからない言いがかりに、門司たちは困惑しながら反論し始めた。
話が噛み合ってないことを悟ったのか、糸島が唸りながら首を傾げる。
その反応をそちらがするのは間違っているのではと門司が何か言おうとして、視界に入った光景に驚き目を見開いた。

「あぶねえ!」

「ん?」

門司には、先ほどと同じように雲仙が両腕を上げているのが見えていた。
それを振りおろしたとき、自分たちはあの拉げた煙草の箱のようになってしまうのを想像して、門司は声を上げる。
しかし糸島が振り返ったときには、既に雲仙が腕を振り下ろした後だった。

「ごちゃごちゃうるせーんだよ!いいからさっさと俺に殺されろ!!」

糸島に一度攻撃を防がれている苛立ちも加わり、雲仙は吠える。
まず先に、宇佐の後ろの壁が破壊された。
どう見ても、先ほどのとは威力が違う。
遥かに今の攻撃のほうが、破壊力が上がっていた。
そのことを理解した剣道部の誰かが、短く悲鳴をあげる。

「そうか。邪魔してわるかったな雲仙」

しかし糸島は雲仙の攻撃など気にもかけず、平然と門司たちの前からどいた。
そのまま外へと繋がる扉の前へ行こうとするが、糸島が手を伸ばしたその先を、雲仙の攻撃が破壊する。
糸島は立ち止り、雲仙の方を向いた。
苛立ちも怒りも戦意すらも糸島に全て向いており、門司たちは止まった攻撃に恐る恐る辺りを見渡すことしかできない。

「テメェ、なに勝手に帰ろうとしてやがる」

「彼女がいないなら此処にいても意味が無いからな。粛清だか惨殺だか知らないが、頑張れ雲仙。私は応援してるぞ」

「有難うよ―――その応援のおかげで、ようやくテメーを殺せそうだ!!」

そう、雲仙が吠えた瞬間だった。
糸島の目の前で、勝手に扉が開き始める。何事かと雲仙は振り上げた腕をゆっくり下ろし、辺りを見渡していた門司たちも驚いたようにそちらを向いた。

「雲仙くんストップ!……え」

何故か雲仙の名を呼びながら扉を開けて現れたのは、箱庭学園二年十三組に在席する、名字なまえであった。
門司たちは予測していなかった。糸島は予想していなかった。しかし、雲仙だけは、彼女がここにくることを予期していた。
だから行動は迅速だった。雲仙だけが動くことができた。遠くにいた門司たちも、近くにいた糸島でさえも、反応が遅れ、そして更に行動が遅れる。

「待ってたぜ、名字なまえ!」

雲仙の見えない素早い攻撃が、なまえをとらえた。
雲仙はその場から動いていない。勿論、なまえも動いていない。
直撃だった。雲仙の攻撃は、物の見事になまえを後ろへ吹き飛ばした。
なまえは外にある数段の階段に触れることなく、外の地面へ叩きつけられる。

「なまえ!」

雲仙の次に動いたのは、門司だった。
そのあとに宇佐たちも続き、なまえの後を追って外へと出る。

「なまえ、大丈夫か!?」

「おいテメェ!風紀委員長だかなんだか知らねーがやりすぎだろ!」

「なまえは関係ねえじゃねえか!!」

そして、相手がジュウサンというのもあって先ほどまであまり強く出られなかった宇佐たちも、階段の上でこちらを見下すように見ている雲仙へ怒鳴った。
しかし雲仙には痛くもかゆくもないようで。それどころか、既に門司たちへの興味は薄れている風にも見える。

「関係ねえなんて言ってやるなよ友達だろ?テメーらもあとで粛清してやるから安心しろ。それにな、こういうのはやりすぎなけりゃ正義じゃねえんだよ!」

「なるほど。剣道部を粛清する理由はなまえか」

「あ?テメェ、なんであいつの名前を知って――」

「紹介しよう雲仙。彼女は名字なまえ。私の友人だ」

「友人…?あいつが?」

なまえが地面に倒れているというのに、糸島は平然と雲仙の横へ立つ。
それどころか視線は先ほどと同じように雲仙にあり、その口元には笑みも浮かんでいた。
雲仙はそんな糸島に眉間の皺が寄ったが、今はそれどころではないとなまえの方を向き、階段を一段ずつゆっくり下りる。

「糸島がネタばらししちまったがよ、まあ、確かに俺は剣道部よりも名字なまえを粛清したいと思ってるぜ?しかし可哀想な生徒諸君からの苦情は本当だし、弱者の味方にならねーとってことで剣道部もあとで粛清する。けどな、糸島」

階段の一番下で、雲仙はくるりと糸島を振り返った。

「俺の本当の目的は別にある」

「本当の目的?」

「正確には『あるはずだ』だけどな。俺が"覚えてない"んなら仕方ねえ。テメーは友人が俺に粛清されるところを高みの見物でもしてな」

そして再び雲仙はなまえのほうを向く。
なんの躊躇いもなく背を向けた雲仙の後ろ姿を糸島はしばらく眺めていたが、にしし、と短く笑った。

「雲仙。残念だが、私の応援も空しくそれは無理だ」

何を、と再び糸島を振り返りかけて、雲仙は何かに弾かれたように前を向く。

「(なんだ…?今、なにか)」

「いたた…ストップって言ったのに」

「!」

雲仙の攻撃はなまえを直撃したというのに、なまえは立ちあがる。
地面へ叩きつけられた際に頭でも打ったのか後頭部をおさえ、制服についた土などを気にしている様子はなかった。

「あ、もしかして雲仙くん英語苦手?」

「テメェ…………」

色々と言いたいことはあったが、何よりも、なまえが無事であるという事実に雲仙は警戒を強めた。
ただの弱そうな女子生徒に見えるが、彼女は自分の後ろにいる糸島と同じく二年十三組なのだ、と再認識する。
何故無事なのか―――そんな理由を十三組相手に考えたところで埒があかない。
ジュウサンが"そういうもの"ならば、その上をいく異常性をもってして、粛清するしか道はない。

「ていうか軍「余所見してんなよ―――行くぜ、名字なまえ!」

なまえの言葉を遮り、雲仙の手が動いた。
しかしそんななまえと雲仙の間に、門司が立つ。
門司、となまえが驚いたように名前を呼ぶが、既に遅い。

「あ」

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