「そうでしたか。しかし、誰かを探しているように見えましたが」

「あー、うん。そうだね。長者原くん…うーん」

なまえはこちらを見下ろしてくる長身の長者原を見上げながら会話をし、その後何かを考え込むように視線を逸らした。
長者原は静かになまえの言葉を待つ。
もう視界に入っている玄関を出て少し歩けば、剣道場へはすぐにでも着く。
そこにもし風紀委員長である雲仙冥利がいたとして、目の前の彼で対処出来るだろうかと思考を巡らせた。
しかし今はあまり時間も無い。
誰も居ないよりはいいだろうと、なまえは再び長者原を見上げた。

「私と一緒に剣道場に行ってくれないかな?」

「お断りします」

「えええ!」

まさかの即答での拒絶に、なまえは普段出さないような大声を出してしまう。
自分から声をかけておいてなんだそれはと、長者原が異常アブノーマルであることを知ってはいたがなまえは常識を疑った。
しかし、長者原は冷静に「いや、」となまえの驚きを落ち着かせる。

「私としても名字さまについて行きたい気持ちはあるのですが、ここは私めにお任せをと思いまして」

「お任せ…って、猫美ちゃんに応援はいらないと思うけど」

「ああいえ、二年十三組ではなく、あちらにいる」

瞬間、なまえの頬を風が撫でた。
というよりもそんな優しい風ではなく、なまえの長い髪もその風に揺れ、一瞬だけ視界を覆う。
何事かと慌てて髪を掻き分ければ、見知った顔が二つ。

「彼らのことです。名字さま」

「彼ら……って、飯塚くん」

「どうもお久しぶりです。ジュウサン先輩」

長者原はなまえの方を向いたまま、飯塚が振り下ろした猟銃を片手で受け止めていた。
というか猟銃はそういう使い方をするものではないのでは、と飯塚を見たが、既に彼は長者原から距離を取っている。
そして、その背後に、3人の女子生徒。

「………………………」

誰だろう、となまえはその3人を観察する。
本棚を背にした長髪の女子生徒。大きなカボチャの被り物をしている女子生徒。そして、床に寝転びながら口元に笑みを向けているアイマスクをしている女子生徒。
なまえはアイマスクをしている女子生徒だけは見覚えがあったが、廊下で寝ているのを見かけた程度で彼女がどんな人物かはわからない。
もしかして彼らも風紀委員なのだろうか、と向き直ろうとして。

「いえ。名字さま。ここは私にお任せを」

「【「ああ、なぜ僕はホビットの穴に留まらなかったんだ!」かわいそうなバギンズ氏がボンプールの背で揺さぶられながら、口にした。(J・R・R・トールキン『ホビットの冒険』)】―――異常アブノーマルに気付かれてしまったのだから、ぅ私は退散させてもらうわね」

「え〜〜〜自己紹介もなしに〜?」

「ぅ私にメリットは無いでしょう」

言うが早いが、十二町はズルズルと自分の背ほどある本棚を引きずってこの場から退場してしまう。
ズルズルと言ってもどうやら本棚の下にローラーか何かがついているらしく、あの華奢な身体でも平然とあれを持って帰っていた。

「(階段とかどうするんだろう…)」

「飯塚さまに廻栖野さま……それと、」

「私は〜〜〜大刀洗斬子だよ〜〜こんな名前してるけど別に斬りかかったりしないから〜あはは超うける〜〜」

「ちなみに一年一組ね〜〜〜〜」と語尾を延ばしながら眠そうに言葉を続けた大刀洗は、何がそんなにおかしいのかケラケラと笑い転げている。
廻栖野はその被り物で表情がわからなかったが、飯塚は明らかにそんな様子の大刀洗に引いていた。

「大刀洗さまでしたか。失礼致しました。まだ全校生徒の名前は覚えておらず…」

「いいよいいよ〜〜だって私達も〜〜〜あなたの名前知らないしね〜〜」

「一年十三組の長者原融通と申します」

「長者原くんって言うのか〜〜う〜んやっぱり十三組〜〜〜飯塚くんってばよく殴りかかれたよね〜〜〜」

「だってジュウサンって何してくるかわかんないんだろ?一杯食わされたらたまったもんじゃないし、先手必勝!」

「失敗したけどね〜〜〜」

大刀洗の鋭い指摘に、飯塚はバツの悪そうに上へ勢いよく掲げた猟銃を静かに降ろす。
しかし大刀洗はそんな飯塚の反応に罪悪感のひとかけらもないのか、また同じようにケラケラと笑っていた。
長者原もそんな飯塚にフォローすることなく、この場から退場した十二町が立って居た場所へ意識を動かす。

「しかし十二町さまがいなくなったのは少々助かったかもしれませんね」

「十二町ってさっきの子?」

「ええ。彼女は少々ビブリオマニアな文学少女でして……あー、ええと、本の知識に関しては学園一ですので、彼女の土俵に立ってしまうと勝てる確率が低くなるのです」

「今なんで言いなおしたの?バカにしたの?」

「名字さま。読書はされますか?」

「週間少年ジャンプなら」

「そうですか。ええと、剣道場に用があるならそちらへ早く行かれた方がいいですよ」

「え、話の続きは?」

長者原はなまえとの会話を終わらせ、飯塚たちへ向き直った。
なまえは「長者原くん?」と名を呼ぶが、既に長者原の意識は別のところにある。

「にしても名字さまほどの方が彼らの気配に気付かないとは。異常アブノーマルがいないというのに一体どうやって」

「廻栖野さんが頑張ってくれたんだとよ。ま、長者原レベルの異常アブノーマルには効かなかったみてぇだけどな」

「……………………」

先ほど長者原に攻撃を止められたのを引きずっているのか、飯塚が少し棘のある言い方をする。
しかし、廻栖野は何も言わなかった。
なまえたちがこちらに気付く前から、廻栖野は何も言わなかった。そして―――何もしなかった。
何もしなかったのだ。一年十組の廻栖野うずめは、二年十三組の名字なまえに対して、何も出来なかったのだ。

「廻栖野さまが…?しかし、彼女にそのようなことが出来るのとは思えませんが……」

「出来たんだから出来るんだろ!」

「……………………」

長者原の疑問に食ってかかる飯塚だったが、廻栖野はそんな二人ではなく、ずっとなまえへ視線を向けている。
――――廻栖野はその大きな被り物の下で、大量の汗をかいていた。
自分は特例スペシャルとしてこの学園にいるが、こんな、十三組にこちらの気配を気付かせないなどという"魔法じみた行為"が出来るわけではない。出来るはずもない。
"魔女のような格好"をして"魔女のような振る舞い"をして"魔女のような魔法を使うフリ"をしているだけ。
それなのに、目の前の十三組は、異常アブノーマルは、"まるで本当に魔法にかかったかのように"私達の存在に気付かなかった。
おかしい。そんなことはありえない。そんなはずがない。
・・・・・・    ・・・・・
こいつは一体――――なんなんだ。
一年十組の廻栖野うずめは、なまえの存在を認識した瞬間から、その大きな被り物の下で、戦意を完全に喪失していた。
―――そして残るは、一年十二組である飯塚食人と、一年一組である大刀洗斬子のみ。

「話は戻るけど、長者原くん。やっぱり3対1は不公平だよ。せめて私をいれて3対2にしないと」

「そこでしたらご心配なく。私達は公平に戦いますので」

「長者原くん、数かぞえられる?」

「大丈夫だよ〜〜実際戦うのは飯塚くんで、私たちは見学してるだけだから〜〜〜」

ヒラヒラと手を振りながら口を挟む大刀洗は飯塚の許可もなくそう口にしたが、飯塚も反対ではないのか何も言わなかった。
そもそも大刀洗はここでなまえを引きとめようとしているのではなく、誰かとなまえが一緒に剣道場へ行くことを阻止しようとしているのである。
合流した長者原がここに残り、なまえが再び1人になるなら好都合だと長者原の提案を推した。

「大刀洗さまもそう仰っていることですし、名字さま」

「うーん…わかった。そもそも私がここにいても戦力にはならないし」

「そうですね」

「ちょっとは否定しようよ……」

長者原くんってそういうところあるよね、と独り言を呟きながらなまえは大刀洗たちに背を向ける。
剣道場へ行くなまえの足は遅くもなく早くもなく、他に誰かいないかとキョロキョロ辺りを見渡しながら歩いていた。

「(もしあの人が"誰か"と剣道場へ行くようなことがあれば)」

大刀洗は、剣道場で今何が起こっているのかを知っていた。
それでいて、剣道部に関わりのあったなまえが剣道場へ足を運ぶ可能性は低くないと考えていて。
その考えは見事にあたったのだが、彼女一人なら剣道場にいる"彼"が敗北する可能性はゼロに近い。
しかし、もし、彼女が"誰か"と一緒に剣道場へ乗り込むようなことがあれば、風紀委員長である"彼"は自分の目的を果たせないだろう。
大刀洗はなまえの異常アブノーマルがどんなものかは知らなかったが、"どのくらいヤバイものか"くらいはなんとなく感じ取っていた。
それは同じ異常アブノーマルである長者原もそうだろう。否、長者原のほうがもっと強く感じ取っているかもしれない。

「それじゃ〜〜飯塚くん頑張って〜〜〜〜」

そして、大刀洗の阻止のおかげもあり、なまえは剣道場へ一人で行くことになる。
しかし、大刀洗は知らない。
"なまえと一緒に剣道場へ行く人間アブノーマル"はおらずとも、"既に剣道場にいる人間アブノーマル"がいることを。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -