「はあ、はあ………」

なまえは息を切らして立ち止まる。
とりあえず適当に校内を走ったのはいいものの、なまえは一人で誰も居ない廊下を振り返った。

「(なんで…………)」

足を一歩踏み出したところで、なまえの足音がそこに響くだけ。

「いつもなら誰かしら湧き出てくるのに……」

あるいはクラスメイト。あるいは同級生。あるいは後輩。あるいは。

「…………………」

誰も居ない廊下をしばらく見つめたあと、仕方ないと走り出す。
鍋島は『誰かと行け』と言っていたが、誰もいないのなら1人で行くしかないのだ。
それに、誰かと行ったところでもしもあの呼子と同じくらい凶暴な誰かが剣道場にいたとしたら、その誰かをどうにかできるくらいの人物でないと―――

「うーん……」

なまえは走りながら思考回路を動かし、思い出す。
  ・・
確か彼女は言っていた。
タイミングだと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
タイミングなんてものはまたすぐにでも来ると。

「名瀬ちゃん!もしくは、古賀ちゃん!!」

今がそのタイミングではないのかと、なまえは辺りに響かせるように彼女達の名前を叫んだ。
どうせ異常アブノーマルである彼女達のことだ。こうして名前を呼んで、「どうしていることがわかった?」だなんて出てきたとしても驚きはしない。
しかし名瀬のほうは運動神経が良いわけではないらしいから、もしかしたらいないかもしれないな、なんてことを考えて。

「…………えっもしかしていないの?」

しばらくの沈黙が続いたあと、なまえは状況を理解した。
――――本当に、誰もいない。

「……………………」

それはそれでおかしいと、いくらなまえでも異変に気付く。その異常に戸惑う。
今は確かに放課後であるし、部活動を行なっている場所は校舎から離れた箇所に存在する。
だが―――いくらなんでも、静かすぎる。
立ち止まって再び振り返り、耳を済ませた。
鍋島たちがどんな戦いをしているのか知らないが、物音1つも聞こえない。

「【「野生の森の向こうに広い世界がある」とねずみは言った。「でも、ぼくたちには関係のない世界だ。ぼくにも、きみにも関係がない。ぼくはあの中を見たことがない。行ったこともない。少しでも分別があるのなら、きみもあそこへは行かないほうがいい」】(ゲネス・グレアム『たのしい川べ』)―――異常アブノーマルに、ぅ私はあまり関わりたくないわ。あんな得体の知れないものは、ぅ私の従兄弟だけで十分」

そう喋る少女が壁に寄りかかりながら喋っていることにも、なまえは気付かない。

「へ〜そんなこと言いつつ〜〜ちゃ〜んと来てくれて〜〜〜十二町ちゃんやっさし〜」

少女が二人。
そのうちの一人、十二町と呼ばれた少女は1年10組の生徒である。
本名を、十二町矢文。
十二町の背後には自分の背丈くらいの本棚があったが、それを振り返ることもなく手にしている本をパラパラとめくりながらなまえへ視線を送っていた。

「しかし不思議だなあ。彼女は僕達の存在にすぐ気付くと思ったんだけど。大刀洗、きみなんかしたの?」

「え〜私じゃないよ〜〜なんかしてるのは〜」

そこに、少年が一人。
彼のことはなまえも見たことがあるだろう。
しかし今、彼の"存在"を見つけられていないなまえにとって、見たことがある以前の問題であった。
名を、飯塚食人。
一年十二組の生徒であり、登校が免除されているわけでもないというのにコックの服装で平然と女子生徒二人に混ざっていた。

「……………………」

「うわびっくりした!」

「この子がね〜〜頑張ってくれてるの〜〜〜」

「…廻栖野さん」

「ん?知ってるのか十二町」

「ぅ私と同じクラスの子よ」

いつの間にか、少女がもう一人。
少女と言うには格好が些か不気味であったが、列記とした箱庭学園の生徒である。
廻栖野うずめ。
十二町と同じ一年十組の生徒であり、制服の上から黒く大きなマントを羽織り、頭には魔女のような帽子。そしてその肝心の顔は、その体格には似合わない大きなカボチャの被り物で隠れていた。

「にしてもなんであの人を?」

「ん〜だって〜〜誰かと一緒だと〜大変なことに〜〜〜なりそ〜〜〜〜」

「はあ?」

飯塚は『はたらかない』と書かれているそのアイマスクを見下ろし、わけのわからないといった表情を隠すでもなく全面に表す。
――― 一年一組、太刀洗斬子。
この中では唯一の普通組ノーマルだが、特例組スペシャルである彼らの中に異常なまでに溶け込んでおり、彼女を溶け込ませている彼らもまた、その状況に違和感を覚えていなかった。

「あ〜〜〜」

「?」

今まで気の抜けた笑顔で微笑んでいた太刀洗が、突然テンションの低い声を出す。
アイマスクで見えない目はどういう色をしているのか、3人とも伺えなかったが、その口は先ほどのような笑みを浮かべてはいない。
否、笑みを浮かべていることは浮かべているのだが、それは少しだけ引きつったものになっていて。

「あ〜やっぱり異常アブノーマルって規格外〜〜」

「まさか気付かれたの?」

「う〜ん、どうだろ〜〜」

「おい太刀洗、」

太刀洗が溜息をつきそうなテンションになったところで、十二町が少し驚いたように太刀洗へたずねる。
廻栖野は集中しているからか、それとも元からあまり喋らないタイプなのか、そのカボチャの被り物の下で静かにしていた。
はっきり物事を言わない太刀洗に痺れを切らした飯塚が何かを言おうと口を開きかけ、視界の端に入った新たな登場人物に何事かと勢いよくそちらを向く。
しかしその人物はこちらに気付いているのかいないのか、振り返ることもなくなまえの背後へ立ち。

「お呼びですか?名字さま」

平然と、二年十三組である名字なまえに声をかけた。
廻栖野も十二町も知らない。
飯塚はどこかで見かけた覚えがあるのか首を傾げ、太刀洗は睡魔が限界なのか枕に顔を埋めていた。
そしてなまえは誰もいなかったと思っていたここで声をかけられたというのに驚きの表情一つ見せないまま、ゆっくりと振り返って困惑の色を露にする。

「いや、呼んでないけど……」

突如現れた一年十三組在籍の長者原融通に、なまえは目を逸らしながら小さく答えた。


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