この学園の生徒ならば誰であろうと知っている。
登校義務さえ免除された、特別待遇にも程がある究極の特待生クラス―――箱庭学園十三組。
風紀委員長である雲仙冥利は、弱冠9歳にしてその十三組に選抜された学園始まって以来のモンスターチャイルド―――"まだ子供だからこそ"の異常性を持ち合わせた異常アブノーマル
そんな彼がトップとなってこの学園を取り締まっている風紀委員は不正を正すことが目的であり、暴力も武装もただの手段にすぎない。

「ん…?なんだ、お前」

まず最初に、雲仙冥利の存在に気が付いたのは買って来た缶ジュースを開けようとした門司である。
次いで、その場にいた全員が驚いたように扉の方へと視線を向けた。

「(気付いたのか……)」

雲仙はそんな門司に少しだけ驚いたが、どうでもいいといった風に表情には出さない。
閉じた扉の内側に佇む白に、門司たちは警戒と共に立ち上がった。

「まさかとは思うが…ジュウサンか?」

「へえ…ただの粛清されるだけしか能の無い普通組ノーマルだと思ってたけどそーいうわけでも無いらしいな」

「んだと……?」

「えーでは改めまして、剣道部の皆さんこーんにーちは!」

宇佐のドスのきいた声にも怯むことなく、雲仙はゆらりとやる気の無い表情を見せる。
口もだらしなく中途半端に開いていて、扉に寄りかかっていなければ今にも床に倒れるのではないかと思うくらいには力を抜いていて。

「僕ちゃん風紀委員会委員長の雲仙冥利でーす。本日は皆さんを粛清しに来ましたー!制服改造ならび喫煙、その他もろもろ苦情がきてたりもするので、ゆえに適切な処置を取らせてもらいたいと思いまーっす!」

「…………………」

「(へえ…………)」

流石二年生と言ったところか、と雲仙は笑顔の奥で彼らを観察する。
激怒するわけでもない。何を言っているんだと嘲笑する様子もない。
警戒し、様子を伺うそれは箱庭学園に新入したばかりの一年生どもとは違う―――恐らく彼らは"十三組"についての"何か"を知っているのだろう。
しかし、それが"何"であるにしろ、その十三組に在籍している雲仙冥利に意味はない。

「…………………」

ただ――――雲仙には、剣道部に関して1つだけ気になっていたことがある。
剣道部の"これ"は今に始まったことではなく、もう数年も前から"こう"だったらしい。
そして、風紀委員が雲仙がくる前まで機能していなかったわけではない。それは、生徒会も同じである。
それなのに、剣道部が今日この時まで"こう"であるという事実。
特例組スペシャルがいるわけでもない。異常組アブノーマルなどもってのほか。普通組ノーマルしかいないこの剣道部に、一体何が出来たというのか。
だが、その疑問も何もかも。
粛清すれば全ては終わる。

「今その扉から外に出ていけば何も無かったことにしてやる。さっさと学園の見回りでもしてるんだな。風紀委員」

「……おいおい。がっかりさせんなよ」

門司の突然の提案に、雲仙の表情から笑顔が消えた。
やはりそこは、普通組ノーマルとでもいうべきか。

「風紀委員に脅しや暴力が通じると思ってんじゃねーぞ、アホか!オレが出張ってきた時点で死刑確定なんだよテメーラは!殺戮してやるから迅速に死亡しろ!」

突如豹変した雲仙の雰囲気に門司たちが驚き、構えるが―――既に遅い。

「っ!?」

壁に立てかけてあった竹刀が。床に無造作に置かれていた鞄が。床が。天井が。剣道場内のありとあらゆるものが、まるで銃弾で打ち抜かれたかのように砕け散る。
しかし、雲仙は動いていない。そして、何も手にしていない。
ただ雲仙が手を軽く動かしたということだけが門司たちには理解出来た。
そして、雲仙は『粛清』と言ったのだ。
その砕け散るものが門司たちの"周り"だけな筈が無い―――無いはずだが。

「え………?」

「何………?」

剣道部の誰かの力の抜けた声と、雲仙の警戒した声はほぼ同時だった。
門司を含めた剣道部員は全員無傷。
足元に置いてあったタバコの箱には小さな穴が開いていたものの、彼らの改造された制服ですら破けた様子も無い。
そして、彼らの視線はある一点で停止する。

「おい、テメェ………」

声をかけたのは、風紀委員長である雲仙冥利。
門司たちは突然のことに未だ思考回路が動き出してくれていないのか、時が止まったかのように固まっていた。
そして、雲仙に声をかけられた人物は静かに口を開く。

「今回はどうだろう?」

くるりと門司たちを振り返る。
雲仙はこちらに躊躇いも無く背を向けたその人物に驚いて目を見開いたものの、すぐに警戒の色へと視線の種類を変えた。
それから手をゆっくりと動かし、いつでも攻撃出来る体勢へと。

「…………?」

対し、突如現れた人物は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡していた。
門司たちと目が合ったりするものの、目当てのものでないのか興味がないのか、しきりに視線や顔を動かす。
痺れを切らした雲仙が、苛立ったように口を開いた。

「おい、突然現れやがって―――」

そこで、その人物は再び雲仙へ向き直る。
雲仙はじっとその人物を睨み上げ、笑みを浮かべることなく言葉を続けた。

 ・・・・・・・・・
「一体テメェは何者だ!?」

見知らぬ"青年"。
雲仙にも、門司たち剣道部にも、その青年が誰なのかがわからなかった。
見覚えもなければ、声を聞いたことがあるわけでもない。
完全な他人。知らない人物。
剣道部員である門司たちが助けられる謂れも、風紀委員である雲仙が邪魔をされる理由も、何故この青年がここにいるのかということさえも、その青年以外にはわからなかった。
そんな彼らを知ってか知らずか、青年は何故か楽しそうに口を開いて、お決まりのように自己紹介を始める。

「私は糸島軍規。仲良くしてね」

「………………………お断りだ」

言うかどうか、たっぷりと悩んでから雲仙冥利はそう一言だけ呟いた。

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