「十三組の教室で、」

呼子が振り回した鎖が首へ巻きついた―――と思ったなまえであったが、どうやら違ったらしい。
それはなまえが後ろへ引っ張られバランスを崩した後に気付いたことであるが、とりあえず縛り首を回避したことになまえは彼女に感謝をしなければならない。
そう―――彼女。

「何を元気にはしゃいどんねん。風紀委員」

「鍋島―――猫美。…………さん」

この時間は部活動を行なっているはずの、そうでなくとも二年十三組に用事など無いはずの、二年十一組の天才スペシャル、鍋島猫美。
そんな鍋島の背中をなまえは床に尻餅をついた状態で見上げるが、鍋島はチラリともなまえを見ない。
というよりもこの状況―――呼子が鍋島の登場に驚き気を緩めたものの、油断ならないものであった。
そんな危機感を悟られないよう、鍋島は自分の名を呼んだ呼子へ口を開く。

「ほお。ウチのこと知ってんのかいな。流石は風紀委員やな」

「いえ…別に風紀委員でなくとも、"あなた程度"の人のことなら皆さん知っていると思いますよ。それでなくとも、十一組の方々は目立ちますし」

「そういうアンタも、特例組スペシャルやろ?」

ククク、と喉の奥で笑う鍋島に、呼子の視線が鋭くなる。
確かに呼子は特別普通科に分類される一年十組に在籍しているが、それを目の前の二年生に言った覚えはないのであった。
未だに尻餅をついた状態から立て直さないなまえには自己紹介をしたが―――まさかあのときからスタンバイしていたわけでもあるまいし。

「ああ。別にウチがアンタの名前とか在籍クラスとかを知ってるわけやないで?ただ、武器持っとんのと十三組じゃなさそうな雰囲気から推測しただけや」

「………一年十組。呼子笛といいます」

「二年十一組の鍋島猫美や。ま、よろしゅうと言うても仲良くはできんそうにないな」

再び鋭い金属音を教室中に響かせているチェーンに、鍋島の細い目がゆっくりと開かれる。
相手は素手。こちらは武器を持っていて、しかも教室という狭い空間では有利に働く。たとえ相手が十一組だろうが、役に立たなそうな十三組がその後ろに存在してようが、自分が負けることはない。
そして呼子の戦意の矛先は、こちらを睨み上げる鍋島へと。

「猫美ちゃん…どうしてここに?」

「ようやく喋ったらと思ったらんな重要なことかいな。そのために来たっちゅーのに、なまえがこないどえらいもんと戦っとって用事が頭からすっかり抜けとったわ」

「いや、戦ってはないよ」

「あちらさんの一方的なもんやったしな。ってそうやなく、って!」

呼子の攻撃を、鍋島は流石というべきか、その軽い身のこなしで次々に避けていく。
なまえも机の影に身を潜めてみるものの、その机ですら簡単に破壊されてしまう。
風紀委員が学校の備品を破壊していいのかと疑問に思ったが、流石のなまえも今は空気を読むことにした。

「柔道部の新入部員がな、妙なことを言っとったから少し気になってな」

「新入部員ってこの間言ってた、一年生の?」

「せやで。なまえ、剣道場に今すぐ行き。なんや大変なことになっとるかもしれんで」

「え?」

「…………………」

呼子の攻撃が、止まる。
速度を失った鎖は重力に逆らうことなく床に叩きつけられ、その際の音がその鎖の威力を物語っていた。

「………そうです。私になんか構っている暇があるのなら、剣道場へ今すぐ行かれたほうがいいですよ。名字さん」

「……風紀委員が絡んどんのかいな」

「さあ。どうでしょう。行ってみればわかると思いますよ」

鍋島はそこで、なまえを剣道場へ行かせるかどうかを一瞬、無意識のうちに悩んでいた。
それに自分自身で気付き、その直感的なものを受け入れ、なまえへ振り返る。

「一人で行くのはやめたほうがええな。適当に知り合い引っ掛けてから行き」

「…猫美ちゃんは?」

「この風紀委員が『どうぞ』って素直に行かせてくれるんなら行くんやけどなー」

「風紀委員の仕事を邪魔した時点で、あなたも処罰の対象です。先輩だからといって容赦はしませんよ」

「しゃーないやろ。事情は知らんけど女子同士の可愛い喧嘩、混ざらんでどないするっちゅーねん」

「しかし異常組アブノーマルがいなくなったここで、特例組スペシャルのあなたが一人で一体どうするんです?」

再び、呼子の手が動く。
鍋島は動かない―――しかし、動いたのは呼子だけではなかった。

「(あれ……?)」

なまえはそこでようやく地面に両足だけで立ったが、出口である扉へ向こうとした一瞬、何かに気をとられて後ろを振り返る。
流れる綺麗な光る長い髪。呼子のものよりももっと明るい、その色の持ち主。
・・・・    ・・・
いつから――――そこに。

「あー、そのことなんやけど、」

「?」

 ・・・・・・ ・・
「一人やないで。ウチ」

金属同士のぶつかり合う激しい音。
鍋島と対峙していた呼子の後ろで、呼子の武器である鎖が、粉々に砕け散った。
その破片は教室中に散らばるが、その破片一つ一つにはあまり威力はないのだろう。窓に当たろうと机に当たろうと、多少傷をつけるだけでそれすらも破壊するということは無かった。

「な、あ――――!?」

呼子はあまりのことに、後ろを振り返るということができなかった。
反撃をすることも、敵意をそちらに向けることも、想定外のことに思考が停止してしまっている呼子には不可能な話である。
しかし―――今日、このときに限っては、呼子にとってそれが一番であった。
高校一年生になったばかりである"彼"は、まだ完全に破壊をしなくなったというわけではないのである。

「ひ、ひきょ………」

「おっと。その台詞はまだ早いで風紀委員。まだ新入部員の紹介もすんでへんしな」

「やめて下さいよ鍋島さん。俺は剣道部はやめましたけど、柔道部に入るかどうかはまだ決めてないんですから」

なまえの視界の先で、揺れる金色の長い髪。
そして突如現れた彼の持つ金属バッドに、ふと思い出が蘇る。

「あ…あのときの……」

「なんやなまえ。まだおったんかいな。はよ行かんと大変なことになるで。多分、な」

「う、うん」

どうせあちらも自分のことなど覚えていないだろう、となまえは鍋島の言葉に慌てたように教室を飛び出て行った。
そんな後姿を見送りながら、呼子は未だ振り返ることなく、ジロリと鍋島へ視線を戻す。

「二対一ですか…十一組というのは、スポーツマンシップというものがしっかりしていると思ったんですけど」

「せやから『まだ早い』言うたやろ?あんたと喧嘩すんのはウチやで。阿久根クンは見学」

語尾に音符マークがつきそうなノリで、鍋島は再び喉の奥で笑った。
阿久根と呼ばれた少年も、戦う気はないとでもいうように既に壁へ寄りかかっている。

「阿久根クンはまだ完全に牙が抜けたっちゅーわけやないしな。普通に喧嘩させたら何しでかすかわかったもんやない」

「人を危険人物みたいに言わないで下さいよ」

「それにこれは女子同士の可愛い喧嘩やで?男子は蚊帳の外って相場は決まっとるんや」

「……まあいいでしょう。一人でも二人でも、全員縛り首にしてしまえば関係ありません」

阿久根に破壊された鎖で全てではなかったのか、再び教室に鋭い金属音が響き渡った。
鍋島は素手。呼子は武器を所持。
それでも、この戦いがきっかけで"反則王"と呼ばれることになる鍋島猫美は、堂々と笑みを浮かべていた。

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