「(……………女の子)」

なまえの目の前にいるのは、制服を着ている、一人の女子生徒である。
しかし、制服といってもなまえが着ている学校指定のものとは少し異なっていた。
襟の部分も異なれば、ネクタイもしていない。腰から胸の下までの位置に入っている模様もなまえの制服には無く、スカートも長いもので、横に風紀が乱れない程度のスリットが入っている。
そう―――風紀。

「(思い出した)」

彼女の左腕の『風紀』という文字に視線を送りながら、なまえはどこかで見たことのある女子生徒のことを思い出した。
名瀬夭歌を探しに一年十一組へ行ったとき―――そのときは種子島によって探せなかったわけだが―――チラリと見た一年十三組で、あの雲仙冥利と会話をしていた女子生徒である。

「えーっと、別に私、雲仙くんとはそういう関係じゃないよ」

「?何の話ですか?」

目の前の女子生徒との初めての会話は失敗に終わった。

「あ、いえ…少し考え事をしていたので。すみません。私、呼子笛と言います。一年十組の」

「一年十組……」

「というより、風紀委員の、と言ったほうがいいですね。本日はその件で名字さんに会いにきましたから」

「はあ…」

会いにきたというわりには、えらく長い沈黙だったな、となまえは中学のときのことを思い出して首を横に振る。
目の前の女子生徒は一年十組と言ったが、その大人びた雰囲気から、なまえは最初年上かと考えていた。
長い茶色の髪に、その大人っぽい雰囲気を更に際立たせている眼鏡。そして、年齢にそぐわない大きな胸。

「………………………」

「?」

「あ、えっと、で、一体私にどんな…?」

「それが……」

なまえの疑問にすぐ答えるかと思ったが、呼子と名乗った女子生徒は躊躇ったようになまえから視線を逸らす。
しかし、それが躊躇いの行動ではないことはなまえにもすぐにわかった。
躊躇っているというよりは、考えているのだ。もっといえば、思い出そうとしているような。
そんな仕種を、ついこの間なまえは見ていた。
しかも、ここ、二年十三組の教室で。


「それ、雲仙くんが書いたの?」

「いや…そうだな。これは俺の字だ。だが、"書いた記憶"が無い」

「記憶が……?」

「だから此処にくればなんかわかるかと思ったんだが…くそ、なんだってんだ…」



イライラした様子だった彼のことを思い出し、そのときの様子と似ている今の呼子を見上げた。

「すみません。ちょっと思い出せなくて……」

まさか風紀委員というものが忘れっぽい委員会メンバーで構成されているわけもないだろう。
なまえの目の前の呼子はしっかり者であるといった雰囲気が見た目からも伝わってくるし、思い出せない自分が情けないといったような表情も浮かべている。

「えーっと…風紀委員も大変だね」

なまえは当たり障りの無い言葉を呼子に言うが、呼子は納得がいかないといった風に二年十三組の教室を見渡した。
十三組―――しかも自分の学年でない十三組の教室に来るなど、普通ではありえない。
一般生徒は何も無くとも十三組の教室自体を避けるし、用があったところで教室に訪ねに行くというのはあまりしたくないというのが彼らの心情だった。
しかし、風紀委員である呼子はそうもいかないのだろう。
それなのに――――そこまでして二年十三組に来たというのに、目的の人物を見つけたというのに。
一体どうして自分は此処に入るのかが、呼子には全くわからなかった。

「……………………」

対し、なまえも別の意味で呼子がどうして自分に用があるのかが全くわかっていない。
校則違反をした覚えは無いし、委員長である彼に何かしたわけでもない。当然、目の前の呼子にも。
別に用事があるというわけでもなかったが、この不可思議な空間に長時間いるのは避けたいとなまえも必死に思考回路を回転させていた。

「あっそうだ」

「?」

「呼子ちゃん、何かメモとかしてないの?」

「メモ…ですか?」

「そうそう。私への用件をメモとか」

確か彼は自身の腕に殴り書きではあったがメモをしていたはずだ、と呼子の反応を待つ。
呼子はなまえの言葉に疑問を持ちつつ、普段使用しているメモ帳をポケットから取り出して一ページずつゆっくりと開いていった。

「…………………?」

ふと、呼子の綺麗な指がページをめくろうとした手を止める。
しかし―――やはり、ピンときたような、思い出したというような表情にはならなかった。
それどころか、先程よりもその困惑の色は深くなっていて、眉間の皺が更に深くなる。
端正な顔だからか、そんな表情でも呼子は美人だったが、疑問は解決しないまま。
呼子は少し躊躇ったあと、なまえへ視線をうつし、ゆっくりと口を開いた。

「ここって、二年十三組ですよね?」

「そうだよ」

「名字さん。あなたは、ほぼ毎日登校しているんですよね?」

「うん」

メモ帳に書かれている文字は、確かに呼子本人のものだった。
呼子も自分の文字だと認識していたし、書かれている内容はこれといって不思議なものではない。
しかし、そのメモを見たときの呼子の心情が、その異常性を物語っていた。

「あなたが異常アブノーマルだということでお聞きしますが、自分の文字で書いているのに、"書いた記憶が無い"なんてこと―――ありえますか?」

「書いた記憶がない……?」

それも、彼と同じ状態だった。
呼子の表情は幽霊でも見たようなものに変わっており、なまえへの質問も恐る恐るといった様子で。
委員長に十三組の人間を持つとはいえ、その異常性を全て認識しているわけではない。
その非常に、触れるか否か。呼子は、そこで揺れていた。

    ・・・・・・ ・・・・・・・・
「さあ…私は無いけど、雲仙くんはあったから」

「!!」

まさかそこで委員長の名を聞くとは思っていなかったのか、呼子の目が見開かれる。
そして、それだからか―――呼子はなんの躊躇いもなく、その非常に手を伸ばした。

「『二年十三組 日之影空洞に会え』」

「え?」

「ここにはそう書かれています。"私の文字"で。この文章の意味が、あなたにはわかりますか?」

同じ十三組である風紀委員長は、その意味がわからなかった。
それなのに、その意味を目の前のジュウサンがわかるのかどうか。
呼子は息をするのも忘れ、じっとなまえの言葉を待つ。
―――そして。

「日之影くん?多分、今は生徒会の仕事中じゃないかな?」

その結果を、いとも容易く、目の前の異常アブノーマルは言ってのけた。

「ああ………………」

呼子が、顔を伏せる。
なまえは下から呼子を見上げているものの、影になったその表情を伺うことは出来なかった。
バサッ、と呼子が持っていたメモ帳が床へ落ちる。
拾おうとなまえがしゃがみかけた瞬間、呼子が静かに口を開いた。

 ・・・・・・・・・・・・・
「やっとここまで来れたんです」

「え?」

「最初は風紀委員の教室を出た際に忘れました。次は廊下の角を曲がったところで。その次は階段をあがったところで。階段を上がり、また廊下の角を曲がって忘れて。教室の前まで来てまた戻って。ようやく今日、この教室の中まで入って、あなたに辿り着けたんです」

ジャラ、と教室にそぐわない金属の音が、なぜか聞こえた気がしてなまえはメモ帳を拾おうとするのをやめる。

「今日はそこで忘れました。だけど、ようやく"思い出せた"。あなたのおかげです。原因は彼です。ああ――――思い出さなかったらこのままあなたとは仲良くできたかもしれないのに」

「呼子ちゃん?」

「雲仙委員長に代わり、今は私が風紀委員を執行しましょう」

ジャラジャラ、と金属の鳴る音。
首に冷たさが巻きつくと同時、彼女の非情な声が聞こえた。

「おめでとうございます。記念すべき縛り首第一号は、あなたですよ名字さん」

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