箱庭学園、時計塔。
学園内を見渡せるほどの高さがある時計塔だが、一般の生徒の立ち入りは許可されていない。
だが、もしも立ち入りを許可されていたとしても一般の生徒はここに立ち入ろうとは思わないだろう。
その理由は色々有るが、今はそんなことよりもその時計塔の地下二階へ焦点をあてよう。

学生が二人、そのエリアへと足を運んでいた。
ここは今年の春に卒業した元三年十三組が使っていたエリアだったが、既にその面影はない。
ガラリと変わったそこに大して興味をもつわけでもなく、学生二人は何の躊躇いもなくエリアの中心部へと進んで行った。

「二人とも迷子か?階段ならあっちにあるぞ」

と、そんな二人に気付いたらしい青年が振り返る。
そのまま先ほどまで見下ろしていた茶店の前に出ているようなベンチに座り、少し距離が離れた状態で立ち止まった二人を見上げた。

「僕は君と違って迷子になったりなんかはしない」

「ん?私は迷子などではないが?」

「そういう話をしにきたんじゃねーだろ」

はあ、と溜息をついたのは巨大迷路である地下一階フロアを与えられている高千穂仕種。
今にも温かい茶と団子が出てきそうなベンチに腰掛け、向かいにいる青年へ視線を送る。
元々背丈は高千穂のほうが高いので座ったところで青年を見下ろす形になるが、青年はそんなことははなから気にしていないようだった。

「その様子だと、あれか。仲直りが出来なかったのか」

「あー、まあ、それに関しては色々あったが出来た…はずだ」

「はず?」

「どうして知ってた」

青年の疑問などどうでもいいと言った風に、未だにベンチには座ろうとしない、墓場のような地下九階フロアを与えられている宗像形が口を開く。
その視線は普段通りで、いつ宗像が腰に携えている刀に手を伸ばしてもおかしくない。
その結果、高千穂は言うまでもなく。しかし、目の前の青年に彼の殺意を避けられることが出来るのか否か。

「何がだ?」

「彼女がピンチだということをだ。まさかあの一年生達と通じているわけでもあるまいし」

「ああ。あれは適当に言っただけだ。まさか本気にするなんて思っていなかったが、仲直りが出来たなら良かったな!」

「は?」

にしし、と嬉しそうに言う青年に、高千穂と宗像は芽を丸くする。

「い、いや!お前、自分は"そういう異常アブノーマル"だとかなんとか言ってたじゃねえか!」

「あー、そんなことも言った気がするな。だが私は宗像と高千穂がここに来ることを予測出来なかったから、未来予知という異常アブノーマルではなかったようだ」

「な、な……」

なんだそれ、と言おうとして、高千穂は器用に頭を切り替えた。
去年の一年で、自分を含めた十三組アブノーマルの異常性は嫌と言うほどに体験した。
しかし、と視線の種類を警戒から観察へと変える。
目の前の青年は、そんな異常アブノーマルに全くもって興味を持っていないようだった。
他人の異常アブノーマルは勿論、自分の異常アブノーマルがですらも、理解していなければ理解しようともしていない。
こちらのことを気にかけているフリをしたり押し付けがましかったりと鬱陶しい性格のようにも感じるが、それのどこにも中身が無かった。

「まあ私の異常アブノーマルなんてどうでもいいじゃないか。それより、私は仲直りというものをしたことがない。一体どうやって仲直りをしたんだ?」

ズンッ、と空気が重くなったことを高千穂は感じる。
原因は明らかに宗像だったが、目の前の青年は気付いていないらしく笑顔で彼らの言葉を待っていた。それとも、気付いているが、どうでもいいのか。

「それについては訊いてやるな。色々あったんだ」

「ふぅん…そうか」

高千穂の言葉に頷いた青年の零した言葉には、残念がるような声音は含まれていなかった。

「そんなことより、この階は一体何をイメージしてるんだ?」

宗像はそう言いながら、辺りをぐるりと見渡す。
それにつられるように高千穂も後ろを振り返り、少し考えた後結論を出して再び青年へ向き直った。
青年はどうやらこのエリア自体にも興味が無いらしく、相変わらずの笑みを浮かべている。

「山奥じゃないか?」

そう高千穂が出した結論に宗像も異論は無いらしい。
高千穂よりも少し長く辺りを見渡していた宗像はじろりと視線を先に青年へ戻し、次いで顔を前へ向けた。
確かに、辺りには草が生い茂り、見えないが水の流れる音もする。
今青年と高千穂が座っている和風のベンチは山には相応しくないし高い木々もここには無かったが、随分と荒れているここは山奥ではよく見られる風景なのだろうと二人は勝手に想像した。
しかし、その想像は尽く打ち砕かれる。

「庭園だそうだ」

「「は?」」

「『日本庭園型ビオトープ』。理事長からはそう言われている。恐らく私の服装から勝手にイメージしたんだろう」

再度、後ろで物音でもしたかのような勢いで二人は後ろを振り返り、先程よりも入念に辺りを見渡した。
確かに高千穂の座るベンチから少し離れたところには日本家屋のようなものがあったが、地下九階エリアにあるような廃屋に近いものになっていて。
天井や壁は地下だというのに空の絵が描かれていたが、どう見ても日本庭園型ビオトープとは思えないほどの荒れように高千穂は開いた口が塞がらなかった。

「お、お前!手入れとかしてんのか!?」

「ん?しないといけないのか?」

「当たり前だろ!」

庭園を実際に見たことのない二人でもわかる。
こういったものは日々の手入れが大切で、いくら気圧や光量が勝手に調節されるからといって生きている庭木などが伸びないはずもない。

「困ったな…私は世話とかそういうものが苦手なんだ。このエリアのものには極力触りたくないしな」

「はあ…?じゃあ理事長に一言言えば良かっただろ」

「成程。そういう手があったか。今からでも言ってこよう」

「…………待て」

高千穂の提案に何の異議もなく賛成した青年が立ち上がったところで、宗像が静かにそれを制した。
声をかけられた青年は勿論、高千穂も何事かと宗像を見上げる。

「ここはこのままでいい」

「?」

「どうせ君のことだ。理事長にどんなエリアがいいかなんて提案しないんだろ?だったらこのままでいい」

青年の疑問に答えた宗像だったが、二人とも宗像の言っている意味がわからず首を傾げたままだった。

「まあ、私は別に構わないが…」

「でも手入れしないままじゃ樹海みたいになって宗像のエリアとかぶるぞ?」

というかそれ以上にただ荒れている廃墟のようなエリアになりそうだ、と玄関から中へ入れそうも無い日本家屋を視線だけで振り返り、高千穂は地下九階の墓地を思い出す。
あそこは確かに墓地の雰囲気はあるが、あそこはあそこなりに手入れが行き届いていた。
高千穂だって、月に一度くらいは自分のエリアを掃除するくらいである。

「ああ、それならいいことを思いついた。宗像、ならここへは自由に入っていいからこのエリアの手入れをしてくれないか?」

「構わない」

スウッ、と宗像の視線が鋭くなった。

「だから殺す」

「っ!?」

瞬間、青年が座っていたベンチが真っ二つに斬られていた。
青年はというと、宗像が振り下ろした刀で斬られる寸前に後ろへ跳躍したようで、少し驚いたように地面へ立っている。
高千穂は動いていなかったが、またはじまったとでもいうように小さく息を吐いていた。

「まったく、宗像。お前と言う奴は本当に油断ならないな…」

「それは君もじゃないのか?僕は君の異常アブノーマルさえわからないんだ。一瞬でも気が抜けない」

「おいおい。私をお前と一緒にするな。少なくともそんな衝動的なものではないと自覚しているつもりだ」

宗像は、まだ刀を鞘に納めない。
そんな宗像を見て、青年は少し考えるような素振りを見せる。
少しわざとらしかったそれも、彼がやれば違和感がない、とベンチに座りながら高千穂は未だに青年を観察していた。

「………時間を決めよう。そうしたら私がここで宗像と鉢合わせて植物達の栄養にされないですむ」

「ああ…」

「"だから"は禁止だ」

「……………故に」

「やめてくれ。そう何回も避けられるようなもんじゃない」

首を振る動きすらもわざとらしかったが、宗像はこれ以上動く気は無いようである。
平然と青年に背を向け、元の位置へと戻って行った。

「じゃあ糸島。早速だけど今すぐ出てってくれないか。僕は手入れにとりかかる」

宗像は、目の前の青年を"糸島"と呼んだ。
――――糸島軍規。
箱庭学園二年十三組であり、十三組ではかなり珍しい"転校生"という立ち位置の彼。
そんな彼の異常アブノーマルを、ここにいる誰もが知り得ない。

「いや…私はこれからここで、」

「なら先に君から手入れしよう」

「あー…高千穂、お前のエリアに行ってもいいか?」

「ああ……今回だけだぞ」

閉まりかける扉の奥で、何かを斬る音が大量に聞こえ、高千穂と糸島は地下一階に上がるまで決して後ろを振り返らなかった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -