古賀いたみは、名瀬が言った通り箱庭学園一年十三組の生徒である。
しかし、彼女は"生まれついてのアブノーマル"ではない。
平均身長、平均体重ジャスト。
テストを受ければ必ずぴったり平均点を取り、体力測定の結果も全国総合平均に全く影響を与えないというくらいに、彼女は極めて普通の女の子だった。
そして、そんな普通な彼女だからこそこうして普通に呟くのだった。

『ふーん、世界って。普通のことしか起こらないんだね』

正義のヒーローはいないし、悪の秘密結社も存在しない。
隕石は落ちてこないし宇宙人は攻めてこない。
めちゃくちゃなことなんて起こらない。何もかもが普通。
普通の制服/普通の友達/普通のお弁当/普通のおしゃべり/普通の初恋/普通の失恋
世界には普通のことしか起こらなくて。自分には普通のことしかできないと。
十五歳を前にして、彼女は普通に悟っていた。
しかし、中学三年生のとき、父親の都合で普通に転校した女子高で―――彼女の浅はかな悟りはあっさりと打ち砕かれる。

学校一のいじめられっこ、名瀬夭歌との出会いによって。

彼女は異常なまでに迫害されていて/彼女は異常なまでに孤立していて/彼女は異常なまでに異常だった
実際それはいじめの名を借りた壮絶な懇願である。
『死ね』も『学校来るな』も『帰れ』も、悪意ではなく嫌悪でもなく怯えや恐れから搾り出される加害者の悲痛な叫びだった。
そんな圧倒的な存在感をもってして、名瀬夭歌は最底辺から学校を支配下に置いていた。
無論、この時点では古賀は何も知らない。
名瀬が弱冠十五歳にしてバイオテクノロジーの世界的権威であることはおろか、彼女の名前さえ知らなかった。
それでも古賀の足は、古賀の口は自然に動いたのだった。

『お願い。私を実験動物めちゃくちゃにして』

古賀いたみはどこまでも普通の女の子だった。
しかし、異常アブノーマルに対する異常アブノーマルな憧れだけは異常アブノーマルだったのである。
結果―――彼女は、異常アブノーマルの所属する十三組の生徒となっている。

「……………………」

「沈黙は肯定と受け取っていいんだな?」

「どのくらい―――強いのかな」

「は?」

何も答えようとしないなまえに名瀬は余裕の笑みを浮かべていたが、なまえの突然の言葉に驚いたように表情を硬直させた。

「古賀ちゃんのことだよ。どのくらい強いのかな、って…蹴りは勿論痛かったし、運動神経だって良いのはわかった。だからあとは強さかなって」

「なにを……」

「男の人には負ける?でも女の人には勝てる?負けたことなんてないし負けることなんてない?ねえ―――古賀ちゃん」

「古賀ちゃん!!」

「っ!!?」

名瀬の声で、古賀いたみは一気に後ろへ跳躍する。
背中に壁がぶつかったのはわかったが、こんなにもこの踊り場は狭かっただろうかと、逃げ場を探している自分に気が付いた。
なんだ―――これは。
今は自分が――――自分達が有利なはずだ。

「古賀ちゃんがどれくらい強いか―――だって?」

「名瀬ちゃ……」

流石名瀬だ、と古賀は余裕の無い頭の片隅で考える。
自分は名瀬の声がなければ、逃げることも出来なかっただろう。
今だって頭に言葉が浮かんでこない。
それなのに、名瀬は静かに口を開く。
ただ―――その表情に、笑みは浮かんでいない。

「往年の特撮番組風に表現するならこうだ」

ふと、意識から無意識のうちに外していたなまえを視界に入れる。
いつの間に立ち上がったのか――それすらも、古賀にはわからなかった。

「アブノーマル古賀いたみは、改造人間である」

「改造人間………?」

名瀬の言葉に首を傾げるなまえ。
そんななまえから視線を逸らし、名瀬と古賀の視線が合わさる。
それだけで、名瀬が自分に余裕を取り戻すチャンスを与えてくれたことを理解した。

「にゃ、はは!そんな感じがそんなわけでそんな風にー♪」

声が裏返ったが気にしない。
こういうのは気の持ちようだ。
目の前に立つ少女は、ただ学年が1つ上というだけじゃないか。
私だって―――十三組アブノーマルだ。

「古賀いたみは大親友の名瀬ちゃんのために、名字先輩と戦うのだ♪」

一号のポーズで、古賀は無理やり笑みを作る。
形勢はコチラが有利―――なはずなのに、古賀は名瀬がいなければ今にもこの場に崩れ落ちてしまいそうだった。

「ちなみに俺は平成ライダー派だ。古賀ちゃんには悪いけどよ」

「へえ。私は仮面ライダーは見たことないんだけどね」

そんな古賀に、名瀬となまえが続く。

「っ――――!!」

再度、なまえへめがけて古賀が地面を蹴った。

「(………………あれ?)」

先ほどの雰囲気が嘘のように、古賀はなまえに平然と向かうことが出来た。
蹴りだって、一度の攻撃で三回くらい食らわせられそうだ―――と思った瞬間。

「――――そこまでだ」

まず、息が苦しくなったのを感じた。
それが物理的なものではなく精神的なものであるということに気付く前に、古賀いたみの身体は宙に浮く。

「おい。俺がやるからお前は手を出すなって言っておいただろ。いいから早くそれしまえって」

「………だから」

「あー待て待て待て!いくらなんでも学園内はマズイだろ。俺もそんな現場見たくねーし!!」

そんな第三者の声を聞きながら、古賀は二度三度地面を跳ね、身体にはしる痛みに顔を歪ませた。
しかし痛みを感じるとはいえ、思っていたほどの衝撃ではない。
慌てたように顔を上げれば、自分はいつの間にか階段の上―――名瀬の横に倒れていた。
キンッ、という軽い金属音。
そんな音を、古賀はついこの前見た時代劇で聞いた覚えがあった。
確かこれは、刀を鞘にしまったときの――――

「……また先輩の友達か?本当、顔が広いなアンタは」

「友達?」

名瀬の言葉に疑問の声をあげたのは、"先輩"と呼ばれたなまえではない。
刀を腰に携えた、いかにも"ヤバイ"雰囲気の青年が、その冷たい目でこちらを見上げていて。
その得体の知れない雰囲気に、古賀はのまれそうになる。
敵意ではない。戦意でもない。これはまるで――――殺意。

「勘違いしてもらっては困るな。僕たちは別に、彼女の友達じゃない」

「おい、勝手に俺をいれるなよ」

「だけどどうしていつもこうなんだ?トラブルに巻き込まれるにもほどがあるだろう」

それは、自分自身に言った言葉ではない。
なまえを見てそう言った青年は、やれやれだとでもいうように目を伏せて静かに溜息をついた。

「……………………」

古賀は静かに息を整え、隙を伺う。
恐らく彼らはなまえと同学年なのだろう。そして、一般の学生が刀を所持しているはずがない。
彼らも――――十三組アブノーマル

「っ!」

今だ、と思った。
青年が刀から手を離し、完全にコチラから意識をそらしたのである。
古賀は息を潜めたまま、思い切り地面を蹴った。
改造人間である自分に、これくらいの跳躍はわけもない。
そして、青年はそんな自分にかろうじて驚いたようだったが、既に遅い。
否―――

「古賀ちゃん!」

―――遅かったのは、古賀の方である。

 ・・・・・・・
「そっちじゃねえ!!!」

「――――え、」?

気付けば、古賀は再び階段の上へと吹き飛ばされていた。
その際にチラリと見えた青年の刀は、抜かれていない。
ならどうして。確実に、自分の蹴りは、届いたはずだ。

「今年の一年はこええな。なんだ今の身体能力。おい見てたか宗像」

「うるさいな。見えてたら刀を抜いてたさ。そういうお前は見えてたのか?高千穂」

そんな会話と共に、彼らの長かった登場シーンは終了する。

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