風を切る音。
次いで、"何か"の気配をなまえは悟った。
上を見上げている時間は無い。
彼女―――名瀬夭歌と初めて会ったときのように、これはきっとハッタリなんかではなくて。

「う、」わ!?

なまえは"何か"を避けようとした。
前へバランスも考えずに避ければ、きっと壁に手を付けるだろうと信じて。
しかしそれは叶わなかった。
"何か"の動きが早かったからでも、階段の上に未だ存在する名瀬が何かをしたわけでもない。
ドデン、という大きな音と共に、なまえは自分の足に引っかかって転んでいた。

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

重たい沈黙。
上から登場した"何か"は、音も無くただ静かに着地する。
なんとも異常なその身のこなしは、階段の上にいる名瀬よりも十一組に相応しかった。
しかし―――自己紹介には、まだ早い。

「いたた……」

「!」

「っ、……!?」

なまえが身体を床に打ち付けた痛みに耐えながらも体勢を立て直せば、"何か"は誰よりも早く反応する。
まず、息が詰まるのを感じた。
次いで、壁にぶつかったのだと理解して。
最後に、自分を壁に蹴り飛ばしたのが"少女"であることを、なまえは認識した。

「ジュウサンが"異常アブノーマル"の集まりなら、"何か"する前に叩きのめしちゃえばいいんでしょ?名瀬ちゃん」

「――――ああ……」

「!」

少女の問いに答えたのは問われた名瀬ではなく、壁に背を預けているなまえである。
否。問いに答えたのではなく、それはなまえのただの呟きであった。

「あなたが古賀ちゃんか」

「っ―――!――――!!」

少女は一歩、どころか地面を蹴ってなまえにもう一度蹴りを喰らわせようとした。
した、のだがそれは叶わない。
少女の身体は金縛りにあったかの如く、ピクリとも動かなかった。

「ああ――――そうだぜ」

そんな古賀の代わりに、名瀬が答える。

「古賀いたみ。俺の唯一の大親友だ。仲良くしてくれよ?先輩」

「あはは…そうだね。名瀬ちゃんとよりは、仲良くできるかも……」

「………………………」

対し、紹介された古賀は何も話そうとはしない。
警戒はもとより、膨れ上がる敵対心。
目の前の1つ上の女子高生を、"何とかしなければいけない"という使命感。
古賀いたみは、息を大きく吸って静かに吐いた。
そして、今度こそはと地面を蹴る。

「あっぶな!」

「なっ……」

「ふふふ、こう見えても私、最近猫美ちゃんに柔道を教わっ」

再び、なまえは古賀の蹴りを喰らって壁に叩きつけられた。
一度古賀の殴りを避けたものの、それに驚いた名瀬にその避けた動きの説明をしていたところで来た二度目の攻撃を避けることは出来なかったのである。
なまえは避けたと思ったものの―――古賀の蹴りは、きちんとなまえの腹部を蹴り飛ばしていた。

「ああ。言い忘れてたんだがよ、古賀ちゃんはアンタと同じ"十三組アブノーマル"だぜ、先輩。学年は勿論アンタの1個下だがな」

「一年十三組―――古賀いたみです、先輩。別に私は仲良くしたいなんて思ってないんで、残念ながら仲良くはなれませんけど」

そう淡々と自己紹介をした古賀は、痛みに顔を歪ませているなまえのことを見下ろしながら平然と踊り場に立っている。
名瀬は相変わらず階段の最上部に存在しており、古賀が登場した今もそこから動こうとはしなかった。

「言っておくが別にアンタを痛めつけるのが目的じゃねーんだ。古賀ちゃんはアンタを警戒してるだけなんだ。だからそのまま大人しくしててくれればいい」

気を失っているわけではないものの、なまえはその名瀬の言葉を聞いて起き上がろうと力を入れた腕を動かすのを止める。
古賀の蹴りは女子のそれとは思えないほどに重く、壁にヒビでも入っているのではと視線を動かすが、壁は流石コンクリートとでもいうべきか亀裂一つ入っていなかった。
むしろ自分の骨にヒビが入っていないかどうかの確認をしたほうが良い気がしたが、今下手に動くとまた古賀に攻撃されるだろうと今は痛みに慣れるのを待つ。

「箱庭学年二年十三組、名字なまえ。アンタの異常アブノーマル―――俺に調べさせろ」

ニィィイ、と名瀬夭歌が楽しそうに笑みを浮かべたのを、なまえは見なくとも感じた。

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