授業終了後。朝。屋久島先輩に会ったことをぼんやりと思い出す。
そして連鎖的に競泳部として泳いでいた屋久島の映像が頭の中で流れる。
やはり、屋久島先輩は凄い人物だった。
自分も水泳界で天才だなんだと言われてきたが、自分とあんなにも張り合えるだなんて。
しかも、トータル的に見れば自分よりも上。
大会で見ていた、もっといえば憧れていた彼とああして話せ、一緒に水泳が出来たというのはとても喜ばしいことだった。
だからこそ、彼の邪魔になりそうな彼女を引き離そうとしたのに。
結果的に、それはあまりにも無駄な行為だったのだ。

「……………………」

彼女―――名字なまえは泳げない。
なので同学年である屋久島に泳ぎを教わっている。
そりゃあ勿論彼は"泳ぎのスペシャリスト"なのだから人に教えるのは簡単だろう。
しかし、彼女に限ってはどうだろうか。
同学年であるということは、去年から泳ぎを教わっていたに違いない。
それでも、壁を蹴って数メートルの位置で溺れていたのだ。
もはや泳ぎの才能は無いといっても過言ではない。
出会った初日にそれを見破ったのだから、あの屋久島がそれに気付かないはずがない。
それなのに、彼は未だ彼女に泳ぎを教えているという。
その理由が、わからなかった。
朝、職員室から出てきた自分があの二人を見たときはそういう関係なのかと驚いて一瞬固まってしまったが、どうやら違うらしい。
ただの友達というわりにはどこかズレていたそれが、余計に種子島の頭を悩ませた。

「……………………」

組んでいた足を組み替える。
休み時間だからとクラスメイト達は各々廊下へ出たり一箇所に集まって談笑を始めたりしていた。
そんな彼らを一瞥してから、他のクラスが外で体育の授業を受けているのをぼうっと見ていたら、後ろから声。

「なー、種子島くんよ。今ちょっといいかな?」

「あ?」

考え事をしていたため、少し喧嘩腰に振り返ってしまった。
普段会話をしているクラスメイトならすぐに謝ろうと思っていたが、その声の主を見て、その必要はないだろうと口を閉ざす。
気付けば、自分は無意識のうちに警戒態勢に入っていたらしい。
眉間に皺が寄った俺を見下ろしながら、そいつはニイィと口端を上げた。

「名字なまえ先輩について、教えてほしいんだけどよ」

「は……?」

なんでコイツからその名が出てくるんだ、と眉間の皺が更に深まる。

「あーっと…名瀬、だっけか?なんでお前が、先輩なんかのことを気にするんだ?」

「俺ってばこー見えても友好的なんだよ。だからこうして、仲良くなりたい先輩のことについて訊いてまわってる」

どの口が言うか、と溜息をつきたい気分だった。
今の言葉に恐らく嘘は2つ。
1つは誰でもわかる。コイツ―――名瀬夭歌は決して友好的などではない。
どうしてこのクラスにいるのかが学校の七不思議の一つに数えられてもおかしくないくらいに、彼女はクラスで浮いていた。
2つ目はただの勘だった。
『先輩のことについて訊いてまわってる』―――それは、恐らく嘘だろう。友好的でない彼女が、あちらこちらに訊いて廻るはずがない。そうするくらいなら、本人に直接訊きに行くだろうから。

「そうかよ。でも、俺はそのなんとかって言う先輩のことなんて知らないぜ?競泳部としか関わりが無いからな」

「へえ……」

そうは言うが、自分に訊いてきたということはそんな嘘もお見通しのはずだ。
上がったままの口端が、その根拠を言うのを待つ。
どうして彼女は、自分が知っているということを知っているのか。

「でもよぉ、朝、楽しそうに談笑してたじゃねぇか」

「はあ?」

あれのどこが楽しそうだったんだ、と彼女の言葉に思わずそんな声が出てしまう。
しまったと思ったときには既に遅い。
どことなく彼女の笑みが深くなったような気がして、気味が悪かった。

「その反応は肯定と受け取っていいんだよな?で?どうだったよ、名字なまえ先輩はさ」

先程から、疑問が浮かんでくるばかりだ。
その答えをいくら探したところで、自分の中にその欠片すらも落ちてないというのに。
1つ上の学年。自分達のように何かに秀でているわけでもなく、むしろその逆であるように思えた彼女。
そんな彼女を、どうして気にする?
ただの高校生だった。朝、出会ったときは。
十三組だからと身構えていた自分が馬鹿らしく思えるほどに、名字なまえはそこらへんの女子高生となんら変わりなかった。


「またなにかしたのか。名字」



朝の屋久島先輩の言葉が一瞬だけ浮かび上がる。
しかし知らないふりをして、その言葉を消すように頭を横に振った。

「………………お前さ、」

考えたところで無駄だろう。
俺にわかるはずがない。わかりたくもない。わからないほうがいいのかもしれない。
ただただ金のことだけを考えていればそれでいい。
目の前の余裕ぶった笑みを浮かべている名瀬夭歌を見て、誤魔化したところで無意味だろうと思考する。
そして確信する。
コイツは―――十一組スペシャルに居て良い奴じゃない。

「俺が訊かれて素直に答える人間だとでも思ってたのか?教えて欲しけりゃ数字の書いてない小切手でも持ってくるんだな。それに見合う情報かどうかは、わかんねーけどな」

口端を上げるコイツに対抗するように、精一杯口端を上げて遠まわしに拒絶した。
仮に目の前の彼女が実はとんでもない金持ちで、本当に白紙の小切手を持ってきたとしたら、そのときはこの頭の中で鳴り響く警戒は黄色から赤へと変わるだろう。
そこまでして情報を知りたがるクラスメイトと、そこまでされる存在である上級生。
関わるべきではないと、普段働かない第六感が動き始めた。
しかし彼女は、ただ一言だけその場に置いていく。

「………ふぅん。そうかい」

最後に見た表情に、笑みは一切浮かんでいなかった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -