おはよう、と言う声がそこかしこから聞こえてくる。
朝。
学校へ登校する生徒達で賑わっている校門を、なまえもいつも通りにくぐる。
周りを見渡さなくとも、そこにクラスメイトがいないことはわかっていた。
宗像や高千穂の姿はあのときから見ていないし、日之影はもっと早くに学校へ着いて生徒会長として色々校舎内でやっているらしい。
そういった理由で、なまえが朝学校へ来てから「おはよう」を言うまで、いつもなら結構な時間が経つのだが。

「よっ。早いな、名字」

「あ。屋久島くん。おはよう」

「おう。おはよう」

後ろからかかった声に、なまえは驚いたように立ち止まって振り返った。
少し距離があったと思ったのだが、声をかけた屋久島は2、3歩歩くとなまえの横に並んでしまう。
そしてそのままどちらからでもなく歩き出し、なまえはこの時間に珍しいな、と屋久島を見上げた。

「今日は、朝練ないの?」

「ああ。今日は設備の検査をするらしくてな。放課後にはもう使えるようになるみたいだが、まあたまにぐっすり寝られるってのもいいもんだ」

名字にも会えたしな、と笑う屋久島に、なまえも嬉しそうな笑みで応える。
他意の無い言葉を言えるのもなまえが相手だからだろうか、と屋久島は隣を歩くなまえから進む方向へと視線を動かした。

「お」

「?」

屋久島が何かを見つけたように短く声を零したため、なまえも何事かとそちらに視線を向ける。
そこには、なまえも知った人物が立っていた。
なので声をかけようかとなまえが口を開くが、それよりも早く屋久島が口を開く。

「おい、種子島!」

「……………?」

どうやら職員室に用があったようで、その用が終わり職員室から出てくるところだった。
種子島と呼ばれた青年は名前を呼ばれ不思議そうに屋久島の方を見たが、自分を呼んだのが屋久島だと気付くと嬉しそうに笑みを零す。
瞬間、隣に居たなまえを視界に入れたのか、驚いたように歩き出そうとしていた足を止めた。

「おはよう、早いな」

「おはようございます。…先輩こそ」

朝練がないのにこの時間にいるというのが屋久島にとって不思議だったのか、笑顔でそう言葉を零す。
種子島はそんな屋久島の言葉に特に気分を害するわけでもなく、いつものように挨拶を交わした。

「名字、コイツだよ。競泳部に入った特例組スペシャルってのは。種子島率。めちゃくちゃ早いんだぜ、コイツ」

「あー、えっと……」

「あ、こっちは名字なまえ。色々あって泳ぎを教えてるんだ。まあ時間あるときにプールにいるかもしれないが、気にしないでくれよな」

「……………………」

今この瞬間だけ、種子島となまえの気持ちは一致する。
――――気まずい。
そんな気持ちがどうやら種子島は表情に出てしまったらしい。
屋久島が、どうかしたのかと首を傾げた。

「どうかしたか?」

「あー、えっと…その」

屋久島がそうたずねてみれば、種子島は言葉を捜すように目を泳がす。
同じ体験をすれば、誰もがそうなるだろうとなまえは他人事のようにそんな種子島を見上げていた。
そんな第三者のような存在感を醸し出していたなまえの横で、静かに息がこぼれる音。
何事かと視線を屋久島へとうつせば、呆れたような笑みを浮かべた屋久島と目が合った。

「またなにかしたのか。名字」

「え」

「友好的なのはいいが、あまり俺の後輩を困らせてやるな」

驚いたような表情を浮かべる人物が二人。
一人は勿論、競泳部の一年である種子島率。
残りの一人は、名前を呼ばれた本人であるなまえ自身だった。

「なにか…って別に。種子島くんとは一緒に泳いだだけだよ」

「名字お前泳げるようになったのか?」

「あの、屋久島先輩」

不満そうに屋久島へ言い訳をするなまえだが、屋久島はそんなことよりもなまえが『泳いだ』と言ったほうに引っかかったらしい。
しかしその問いになまえが答える前に、種子島が口を開いた。

「"また"―――って。前にも何かしたんですか?」

チラリとこちらを見る種子島の視線の中に、興味とは別のものがあることを一瞬だけ目があったなまえは感じ取る。
興味と警戒、そしてほんの少しの敵意。
屋久島のことを尊敬している種子島が、"十三組"というなまえの存在に多少の危機を覚えるのはおかしくない――――箱庭学園で十三組のことを実際に知っている生徒は、声を揃えてそういっただろう。
ただ、肝心の十三組と実際関わったことがある生徒が少ないというのが事実だが。

「…………いや。学校に登校してきてるっていう珍しい十三組なだけさ。希少種だな希少種」

「それって褒めてるの?」

「さあな。たまには自分で考えろ」

コツン、となまえの頭を軽く拳でつついたと思えば、屋久島は種子島の横を通り過ぎて歩き出してしまう。
ふと腕にした時計を見てみれば、秒針がタイムリミットを告げようとしているところだった。
屋久島はその長い足で早歩きでもしたのか、既に階段を登ろうとしているところである。
2年よりも1つ上の階である種子島は慌てたように走り出して屋久島を追い越し、なまえは何かを考えるようにその場に立ち止まって首を傾げていた。

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