そして意を決して、口を開いた。

「あなたは自分を普通だと思う?」

その質問に対して、少女は結んだ髪を揺らし、まるで私のことなどなんとも思っていないような目でこちらを見ている。
何か反応があるかと笑みを浮べたが、あまりの変化の無さに肩透かしをくらったような気分になった。
そして中学3年生である名字なまえはその口をゆっくりと開く。

「………答える必要がありますか?」

それはやんわりとした拒絶の答えであった。
必死で訴えてきた彼女の親戚の顔が浮かび、次いで無邪気な笑顔を浮かべる彼女の幼児時代を思い出して。
私は静かに息を吸った。

「それは答えたくないことがあるときの台詞ね。つまり、あなたは自分を普通だとは思ってないわけだ」

学校のことを訊いて答えをうやむやにする理由も、こんなところでサボっている理由も、それならば納得がいってしまう。
だけど彼女はそんな私の言葉に対して、盛大に溜息をついた。

「………勘違いしているみたいですけど、私が答えても意味があるんですか?と訊いてるんです」

持っていたフォークを音も立てずに皿の上に置き、彼女は表情一つ変えず言葉を続ける。

「私の言うことを信用するんですか?なら悪いことは言いません。私は悪くありません。素直に土下座してジっとしていて下さい。そうしたら私がアナタを踏みつけてあげます。私のことを知りたいのなら、私の足場になってから出直してきて下さい」

知った風な口で、私の神経を無視して喋り倒す。
あなたのことは私には道端ですれ違ったアリよりも関係がないと興味順位の観点から見下しているように。

「会わない間に、随分と嫌われたものね」

「いいえそれも勘違いです人吉さん」

突然饒舌になった彼女に、暖かいコーヒーを飲んだはずの身体が冷えていく。
今日このときまでわからなかった彼ら二人の訴えが、今、ようやくわかった。
だけど遅かった。
わかるには、遅すぎた。

「あなたが私を嫌いなんです」

突きつけられた真実に、言葉も無かった。
どうにかして叔父と叔母の2人を説得して彼女を病院に来させないようにしようとしたのも、彼ら2人の訴えを本気でとらえなかったのも、彼女が普通だからではない。
・・・・・・・・・・・
私が彼女を嫌いだからだ。

「知らなかったんですか?あなたは昔から、出会ったときから――もしかしたら出会う前から、私のことが嫌いで嫌いで大嫌いだった。顔も見たくないくらいに。だから私は最初あなたが私に声をかけたことに驚いたんです。どうして嫌いな私の前なんかに座るのか、と」

「……………………」

戦慄した。
知らなかった。気付かなかった。わからなかった。思いつかなかった。考え付かなかった。その結論に、辿り着かなかった。
私が彼女を嫌いだなんて――――誰も教えてくれなかった。

「それじゃあ、学校も終わる時間なのでそろそろ私は帰ります」

平然と彼女が立ち上がろうとしたため、私はそれを制そうと口を開く。

「ま、まだ話は終わってないわ」

「いいえ。私は終わっています」

そうして口を開いてから、私は何故彼女を呼びとめようとしたのか混乱する。
終わっていたのに。
彼女と私の縁と話と繋がりは、あの病院を私が去ったことで終わっていたはずなのに。
始まってしまった、再開してしまった。
どれだけ後悔しようが―――もう後の祭りだ。

「あなたは患者を"気味悪い"と思っても"嫌い"にはなったことがない。そうでしょう?だってどんな人間であれそれはあなたの"患者"だから。嫌悪感を持ってしまったら検査などできないから。だけどあなたは私のことが嫌いです。だから私は、あなたの患者だったことはただの1度もありません。だから私は、あなたのことを一度も"先生"と呼んだことはありません」

頭の中が真っ白になり、もし椅子に座らず立っていたら、私は膝からその場に崩れ落ちていただろう。
彼女の言葉に、私は酷く納得していたし嫌なくらい理解させられた。
同時に、あそこまで正しいのに間違えている人間がいるのだと、自分の無知さを思い知らされた。

「それでは人吉さん。また会うことが無いと良いですね」

笑顔で立ち去る彼女を、呼び止めることなどもうできなかった。


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