ズズズ、と土に跡をつけながら、それは引きずられていく。
コンクリートの部分に来てみれば、カラン、とそれは金属独特の音を響かせた。

「…………………」

一年十一組に所属する阿久根高貴には、異名とも呼ばれるそれがついていたことがある。
今は目立って呼ばれることもなくなったが、彼の牙が完全になくなったわけではない。
――――破壊臣、阿久根高貴。
中学生でそのような恐ろしい異名がつけられるくらいに、阿久根は全てを壊していた。
しかし中学の頃のある出会いから彼は前のように壊すことはもうなくなった。

「……………………」

阿久根が持つ金属バットが、カラン、と音を立てて停止する。
同時に阿久根は立ち止まり、視線をあげた。
視線の先にある建物に入っていく、制服姿の少年達。
その少年達を阿久根は知っていたし、逆に少年達も阿久根を知っている。
その歴史ある建物―――剣道場を見る阿久根高貴の目は、普段彼らと会話をしているそれとは違っていた。
中学の彼を知っている人物なら、破壊臣が戻ってきたと騒ぐような、それ。

「……………………」

阿久根高貴は何も言わない。喋ろうとはしない。
言葉よりも行動が重要だと、その金属バットを手放さない。
そして人が後ろにいることをわかっていながら、後ろを振り返ろうとはしなかった。

「なんやけったいなもん持ってんな、自分」

そのからかうような声音にも、阿久根高貴は反応しない。

「自分、野球部ちゃうやろ?」

それにグラウンドはあっち、と声の主は阿久根が振り返っていないことを気にするでもなく野球部の元気な声が聞こえる方向を指差した。
しかしそれでも、阿久根は後ろの人物を気にかけていた。
だからこそその場から動こうとはしなかったし、振り返ることもない。
それをわかっているのかわかっていないのか、声の主―――鍋島猫美はゆっくりと笑みを浮かべた。

「………そう言うあなたは剣道部ではありませんよね?」

そこで初めて、阿久根は言葉を発する。
静かに振り返れば、自分よりもいくらか背の低い女子生徒が何か企んだように笑っていて。
阿久根の目に見下ろされたところで、その笑みが消えることは無い。

「一体、剣道部に何の御用でしょうか」

「ん?剣道部自体に用はあらへんよ」

いつものような物腰の柔らかい物言いではあるが、その表情は一切動いていなかった。
まだ口をきこうとしてくれているだけ良いのだろう―――阿久根高貴が握ったバットが、動く気配は無い。

「用があるんはあんたや。阿久根高貴クン」

語尾に音符がつきそうなノリで、鍋島は名乗ってもいない阿久根のフルネームを言い当てた。
しかし一時期は誰もが彼の名前を知っていたのだ、こうして見知らぬ他人に自分の名を呼ばれることに慣れている阿久根はその程度では驚かない。
しかし、鍋島の次の言葉に、阿久根は鍋島も予想していなかったくらいに表情を崩すこととなる。

「柔道部に入りい。阿久根クン」

「っ、え?」

「ん?聞こえなかったんか?せやから、柔道部に入ったほうがええって言っとるんよ」

勿論、鍋島の言葉は一度目で阿久根の耳に届いた。
そして、理解出来なかったわけでもない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
どうしてそんな的確なことを言うのだと、動揺しただけだ。

「……残念ながら、俺は剣道部です。今更他の部活に行こうだなんて思いませんよ」

「そうかもしれんな。せやけど、剣道部に特例組スペシャルがおるっちゅーのはなんや違和感があってなあ」

「何が言いたいんですか?」

鍋島の言葉を、阿久根は否定も肯定もしなかった。
剣道部に特例組スペシャルがいるという違和感。
それについても、詳しく突っ込もうとはしない。
ただ先ほどよりも、阿久根は目の前の鍋島を警戒していた。

「ウチかて、他人のことばっか気にしてるほど暇やない。これが剣道部やなかったら阿久根クンのことなんて放っておいたわ。せやけど、それが剣道部ならしゃーないやろ?そんなんは、ウチやなくて阿久根クンが決めることやしな」

「だから、一体何を」

 ・・・・・・
「剣道部を消すのはやめえやっちゅうとるんや」

空気が、変わる。
ザワッ、と阿久根の頬を鋭い風が裂いた。
これがもしも破壊臣時代の阿久根なら、本当に頬を切られたのだと錯覚して今すぐにでもバットを振り下ろしていただろう。
しかし一応破壊臣の異名を破棄した阿久根だ。
驚き、バットを握る手に力が入ったものの―――バットを振り上げたところで、その破壊衝動は止まっていた。
そしてそれがわかっていたとでも言うように、鍋島は涼しげな顔で――――しかしその閉じられていた瞳をしっかりと開いて、阿久根高貴を見上げている。

「言うとくけどウチに剣道部への想い入れなんかあらへん。ゆうてウチは柔道部の副部長やしな」

「…………………………」

「想い入れがあんのはウチの友達や。おかしな子でな、ただのバカかと思っとったら痛いとこつかれるし、ちゃんと考えているようで実際はなんも考えとらんかったりして、こっちは四六時中振り回されっぱなしや」

「………その友達のために、俺を?」

「そんな人間には見えないって?まあ、そうなんやろな」

阿久根の崩された表情に言葉が出ていたのか、鍋島はケラケラと口の中で笑う。

「せやけど、ウチはあの子のためなら当て馬だろうが噛ませ犬だろうが喜んでなったるで」

「………番犬にもなる、ってことですか」

「ちゃうちゃう。そないならもっと適任の大型犬が……?」

そこまで言って、鍋島は自分の言葉に疑問を覚えたように首を傾げた。
「おったかなあ…」などと頭上にクエスチョンマークを浮かべる鍋島に、阿久根は何事だろうかと眉間に皺を寄せる。

「……まあええわ。とにかく、剣道部に手ぇ出すんはやめといたほうがええで」

「……………それは、助言ではないんですよね」

「どう取ろうとも阿久根クンの自由や。せやけど、ウチとしては柔道部に特例組スペシャルが入ってくれると嬉しいんやけどなあ」

「……………………」

どちらが本音とわからない鍋島の態度に、阿久根は振り上げていた金属バットを傍の芝生に投げ捨てた。
そのボロさから、手入れをされている野球部のバットではないことを鍋島は知っていたが、そのあからさまな態度には多少驚いて表情を崩す。
いつの間にか目はいつものように閉じられていて、しかし阿久根のことはしっかりと見上げていた。

「………剣道部は荒れていましたし、特例組スペシャルもいないのでやりやすいと思ったんですけど…あなたのような人が出てくる時点で、一番やり辛い部だったんですね」

「なんや、人を危険人物みたいに言いよって」

阿久根の目は、剣道部の彼らといたときのような目に戻っていて。
雰囲気も、破壊臣のそれとは異なっていた。
手ぶらで剣道場へ歩いて行く阿久根の後姿を見ながら、鍋島は相変わらず楽しそうに笑みを浮かべている。

「ま、阿久根クンみたいな天才を努力で踏みにじるのはウチが直接したいしなあ。一石二鳥…いや、飛ぶ鳥を全部落としてもお釣りがくるレベルやで。ついでになまえに報告しといたろ!」

鍋島は1人で楽しそうに叫ぶと、近くの木にとまっていた鳥達が驚いて一斉に空へ飛び去っていく。
そんなことは気にせず、鍋島は一目散に校舎がある方向へと走って行った。

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