一年生の教室の配置は二年生のものと全く同じなのだが、去年までいたそこが懐かしくてなまえはぼんやりとそこを歩いていた。
階数は一年生の方が上なので、滅多なことが無いかぎりここには足を踏み入れない。
廊下を歩いている際に一年十三組の前を通ったが、相変わらず静かであった。
「…………………?」
しかし少し開いていた扉からチラリと見えた光景に、なまえは首を傾げる。
見えた空間はほんの少しで、それを見ていた瞬間もたったの少しだったが、なまえはきちんと風紀委員長である雲仙冥利の姿を見つけていた。
日之影が言ったとおり、彼は一年十三組に在籍しているらしい。
しかしなまえが首を傾げたのはそこではなかった。
雲仙冥利と向かい合い、彼と何かを話していた、髪の長い少女。
その少女に見覚えが無かったなまえは、十三組の子だろうかと十三組の教室の前を通り過ぎながら考える。
「(ケンカしないかな……)」
いつでも誰にでも喧嘩腰な雲仙冥利と、平和的な会話が成立するということがなまえには想像出来なかった。
全校生徒の目の前でああいう風に言い切った彼のことだ、相手が誰であれ容赦などしないだろう。
この日本での飛び級、そして十三組への在籍ということが"普通"でないことくらいなまえは理解していた。
そして勿論、事が起これば"普通"で済まないことも。
「(まあ、でも)」
なまえがこうして一年生の階に来たのは十三組である彼に用事があったわけではないので、足を止めることなく十二組の前を通過する。
そして、目的の一年十一組の前について。
「…………………」
なんの躊躇いも無くなまえは扉に手をかけた。
しかし。
「!?」
「…………?」
なまえが扉を開ける前に、目の前で勝手に扉が開かれる。
どうやら内側から誰かが同じタイミングで開けたらしく、なまえとその人物は当然目があってしまった。
「あ、ごめん」
驚いていた目の前の人物をしばらく見ていたものの、自分が邪魔なのだと気付いたなまえは横へ避ける。
「……………………」
「…………………?」
しかし、扉の前に立つ青年は、ただ驚いた表情のままなまえを見下ろすだけ。
なまえはどうしたのだろうと首を傾げて青年を見上げていたが、後ろの扉から目的の人物が出てきたことで青年から目を逸らした。
「あ、名瀬ちゃ……!?」
「――――やっと見つけた」
名瀬夭歌。
相変わらず包帯を顔に巻き、ナイフを頭に突き刺している彼女を見間違うはずもない。
しかし、彼女の名を呼びながら駆け寄ろうとした瞬間、腕を後ろへと引っ張られた。
驚いて振り返れば、先ほどまで驚いていた青年がなまえの右腕をしっかりと握りしめている。
何事かと、なまえは身体ごと青年へ振り返った。
「あの、私」
「二年の教室を探してもいなかったから、見つからないと思ってましたよ。でもまさか、そっちから来てくれるなんて」
「え、えーっと……?」
その日に焼けた手は、なまえの腕を放そうとはしない。
それどころか、なまえを逃がすまいとその力は増していく。
「ここじゃなんですから、場所を移動しましょうか」
「ちょっ、どういう…!?」
なまえの身体が一瞬浮いたと思えば、その青年の肩に担がれているのだと気付いて。
下ろしてくれという声を出す前に、青年は勢い良く走り出す。
なまえは振り下ろされないようにするのに精一杯で、青年が立ち止まった頃には全力疾走でもしたかのように波打つ心臓を苦しそうに押さえていた。